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ドラゴンボートレースの起源については、曹娥を祭る、屈原を祭る、水神や龍神を祭るなどの祭祀活動に由来するという複数の説があり、その起源は戦国時代まで遡ることができる。ドラゴンボートレースはその後、隣国の日本、ベトナム、イギリスなどに伝わり、2010年広州アジア競技大会 の正式競技種目となった。 | ドラゴンボートレースの起源については、曹娥を祭る、屈原を祭る、水神や龍神を祭るなどの祭祀活動に由来するという複数の説があり、その起源は戦国時代まで遡ることができる。ドラゴンボートレースはその後、隣国の日本、ベトナム、イギリスなどに伝わり、2010年広州アジア競技大会 の正式競技種目となった。 | ||
| − | 屈原よりもはるか以前から、沅陵には既に竜舟があった。沅陵の竜舟は遠古に起源を持ち、祭祀の対象は五溪の諸民族に共通の始祖である[[盤瓠]]である。盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、ミャオ族、ヤオ族、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、'''巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず''' | + | 屈原よりもはるか以前から、沅陵には既に竜舟があった。沅陵の竜舟は遠古に起源を持ち、祭祀の対象は五溪の諸民族に共通の始祖である[[盤瓠]]である。盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、ミャオ族、ヤオ族、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、'''巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず'''、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動へと発展した。ミャオ族の龍船は'''杉'''材のようである。 |
=== 一般的な祭祀 === | === 一般的な祭祀 === | ||
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「'''妻争い'''」譚という観点からは、中国神話と比較すれば、クーポゥが[[羿]]、龍神が'''河伯'''といえる。でも、名前の点ではクーポゥが「[[河伯]]」となるのではないだろうか。 | 「'''妻争い'''」譚という観点からは、中国神話と比較すれば、クーポゥが[[羿]]、龍神が'''河伯'''といえる。でも、名前の点ではクーポゥが「[[河伯]]」となるのではないだろうか。 | ||
| − | + | 「'''燃やされる龍神'''」について。そもそも龍神には大量の水を操る能力があるとされるのに、いくら眠っていたからといって、人間の火で焼き殺されたりするだろうか? (ちなみに、龍神は何故眠っていたのだろうか。日本神話では、須佐之男に「'''酒を飲まされたので'''」八岐大蛇は眠ってしまった、とある。)また、西洋のドラゴンの中には自ら火を吐くものもある。英雄が悪しきドラゴンを倒す話は多いが、「焼き殺す」話は少ない。この類話は | |
* [[祝融]](火の神)が[[共工]]を殺した(中国神話)。 | * [[祝融]](火の神)が[[共工]]を殺した(中国神話)。 | ||
* [[蛇頭松姫大神]]という暴れる蛇女神がいたが、一人の村人が「自分が見事に退治してみせる」といい、モグサで大きな牛の形を造り、その中に火を点じておいて池の中へ投げ込んだ。大蛇は好餌とばかりこのモグサの大牛を一口に呑み下した。モグサの火は次第に牛の体一面に広がり、大蛇が苦しみ出すと、空がにわかにかき曇り、豪雨が沛然と降り出した。大蛇が苦しんでもがき回り、のたうち回るにつれて池の水は次第に増し、洪水となって流れ出した。大蛇の体は3つに別れて別々の場所に流れ着いた(日本神話)。 | * [[蛇頭松姫大神]]という暴れる蛇女神がいたが、一人の村人が「自分が見事に退治してみせる」といい、モグサで大きな牛の形を造り、その中に火を点じておいて池の中へ投げ込んだ。大蛇は好餌とばかりこのモグサの大牛を一口に呑み下した。モグサの火は次第に牛の体一面に広がり、大蛇が苦しみ出すと、空がにわかにかき曇り、豪雨が沛然と降り出した。大蛇が苦しんでもがき回り、のたうち回るにつれて池の水は次第に増し、洪水となって流れ出した。大蛇の体は3つに別れて別々の場所に流れ着いた(日本神話)。 | ||
| − | がある。日本神話は丹後地方の伝承であって、人身御供的な伝承もある地域なので、葛城・賀茂氏系の伝承と考える。日本神話で殺される蛇神は女性である。しかも結婚に関して人間が変化したものである、とされている。中国神話の[[共工]]は男性である。しかし、彼の部下とされた[[相柳]]は女性とされ、こちらは[[禹]]に倒されている。これらの類話から、少なくとも[[ミャオ族]]神話の龍神は'''「男女」が複合的に習合したもの''' | + | がある。日本神話は丹後地方の伝承であって、人身御供的な伝承もある地域なので、葛城・賀茂氏系の伝承と考える。日本神話で殺される蛇神は女性である。しかも結婚に関して人間が変化したものである、とされている。中国神話の[[共工]]は男性である。しかし、彼の部下とされた[[相柳]]は女性とされ、こちらは[[禹]]に倒されている。これらの類話から、少なくとも[[ミャオ族]]神話の龍神は'''「男女」が複合的に習合したもの'''と推察される。中国神話、日本神話では龍神(蛇神)は悪神として倒され、死後食べられたりはしていない。 |
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| + | また、諏訪大社下社には「'''お舟祭'''」という祭祀がある。これは、毎年8月1日に春宮から秋宮へ神々の御霊代を移す遷座祭である。巨大な'''柴舟'''(しばふね)に'''翁媼人形'''を乗せ、氏子たちが「ヨイサ」の掛け声とともに街中を曳行する神事である。お舟祭の神事の後、'''翁媼焼却神事'''があり、翁媼人形は解体されて焼却される。 | ||
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| + | この「お舟祭」と比較すると、龍船祭で舟に飾るという[[盤瓠]]の頭と、2つの龍頭とは、「食べてしまった龍神達」の魂をかたどったものと考えられる。というか、[[盤瓠]]犬の魂がすぐに見つからなかったのは、燃やして食べてしまったからで、その後でみんな吐き戻してようやく頭の霊だけ再生したのでは? と思う。毎年、燃やしたり、食べたり、神事という名の「'''呪術'''」なのでは、と感じてしまう。(ちなみに下社はあからさまに葛城・賀茂氏系の神社であると思う<ref>そして、ものすごく個人的な見解だけれども、龍船祭の日本への伝播を語る際に、「お舟祭」のことに言及せずに沖縄のことだけ触れる、とかそういうことに、そもそも好感が持てない。沖縄の人達は「来訪神」とやらに「やれ」と言われたことをやらされているだけの気の毒な人達にしか、個人的には思えないので。本質的な根っこの方に一言も触れずに、枝葉のことをあげつらうようなやり方はいかがなものか、とそういう印象しか受けない。だって、これはスポーツでも、競争でもなく、根っこの方に「親食いのろくでなしを死刑にするのが正しいのか正しくないのか」という大きな問題があるからである。現代の日本だって、尊属殺人を3人続けてやったら、死刑が妥当でしょうが、と個人的には思う。1万年も前の出来事だったとしても、我ら一族郎党は何故このろくでなしのやったことを正当化しようとして見苦しくもがき続けなければならないのだろうか、とそう思わずにはいられない。</ref>。) | ||
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| + | 「'''龍船の意味'''」。このように見ていくと、ミャオ族の「龍船」、諏訪大社下社の「お舟」の意味は「'''魂を運ぶ器'''」という意味のようである。豊穣を願う祭祀の場合は、神々の魂を招じ入れて「'''豊穣をもたらしてくれる神'''」として化生させる「壺」の役割を果たすのではないだろうか。アボリジニの虹蛇[[エインガナ]]は、人々をいったん飲み込んで、「自らの僕」に化生させて外に放つ、とされる。「舟」とは、広く死者(特に溺死者)の魂を水の中からすくい上げて、供養し、良くいえば日本風だと「成仏させる」とか、「新しい来世に送り出す」とかそのような意味を持つ装置となると考えるが、呪術的にいえば、「舟の龍神(そして舟の持ち主である人間)」にとって都合の良い使役霊に作り替える、という意味があるように思う。いわば「'''[[蠱毒|蠱術]]'''」の一種である。 | ||
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| + | そして、台湾原住民の伝承によれば、首狩りにおいて「'''敗者の魂'''」は「'''勝者の僕'''」となるともされている。[[ミャオ族]]の伝承では、「龍船」とは亡くなった悪龍が改心して変化したものとされるが、「殺された敗者」が毎年自らの魂をすくい上げて、「豊穣の神」に化生して放つとは考えにくい。敗者には、そのような権利がそもそも許されないのではないだろうか。「龍船祭」での勝者は、現在の伝承では'''クーポゥ'''である。ということは、'''クーポゥ'''もまた「'''龍神'''」であって、彼が勝者の権利として、死した龍神達を食べ、その魂を自らの使役霊に作り替えた。それを記念し、その祭祀を子孫達も引き続き続けているのが「龍船祭」および「お舟祭」なのではないだろうか。子孫は子孫で、先祖が手に入れた「使役霊」を引き続き「豊穣の神」として使役したいのではないだろうか。だから、「龍船」とは、'''伝承の上からは'''、「'''勝者であるクーポゥ'''」の化身とするのが妥当なのではないだろうか。 | ||
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| + | 台湾ルカイ族の伝承では、[[盤瓠|スアブ]]という祖神は、洪水を起こすけれども、洪水を鎮めもするし、[[人身御供]]を要求して、自ら使役霊を作り出すことを望むように思える。また、中国神話の[[河伯]]も、豊穣や治水の安寧のために[[人身御供]]を求める。彼らは彼らで、自らの使役霊を毎年人々に求めながら、それを使って豊穣をもたらしたり、治水を行ったりする神と考えられていたのではないだろうか。 | ||
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| + | === ミャオ族起原2・龍神と牛神 === | ||
| + | <blockquote>かつて龍ヶ淵という淵があり、一匹の'''犀角龍'''が住んでいた。ある家に、一頭の大きな水牛がいて、いつも淵で体を洗いに行くごとに喧嘩をしていた。ある日、牧童が牛の尻尾につかまり、水底まで行って、一体牛が水底で何をしているのかを見てやろうとした。ところが不幸に牧童は龍に殺されてしまった。彼の父は悲憤のあまり、ある日のこと自分も牛の尻尾につかまってその淵の底に行った。そこで龍と水牛が闘って疲れたところを見計らって、彼は力をこめて一刀のもとに龍を切り殺した。ところが、たちまち天が真っ暗闇になってしまったので、やがて龍船を漕いだ所、再び明るくなってきた。以後、龍船の祭を続けている。</blockquote> | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
2026年3月17日 (火) 08:01時点における最新版
龍船祭(りゅうせんせつ)とは、中国貴州省東南部に位置する台江県および施秉県を流れる清水江流域において、主にミャオ族の人々によって伝承されてきた伝統的な水上行事である。ミャオ語(黔東方言)では「qab niangx vongx(哈仰勇)」と称され、当地域の代表的な歳時儀礼のひとつに数えられる。
この祭礼は、旧暦5月5日または同月24日から27日頃にかけての5日間にわたり開催されるのが通例であり、清水江流域に点在するミャオ族の村落が交代で主催する形式をとる。中心となる地域は、特に台江県施洞鎮周辺である。
各家庭には、大木を刳り貫いて製作された伝統的な「龍船(ドラゴンボート)」が保有されており、それは単なる交通手段を超えて、家族や村の誇りの象徴ともなっている。競漕に用いられる龍船は、しばしば独自の装飾や彫刻が施され、祭礼期間中は川面を彩る重要な文化資源となる。
龍船競漕の風習そのものは、本来、湖南省洞庭湖周辺に端を発したとされており、ミャオ族の移動や定住の歴史とともに、元江や清水江などの支流域へと波及・定着していったと考えられている。
文献資料[編集]
古典文献としては、六朝期の地誌『荊楚歳時記』に「五月五日、競渡あり。俗に屈原が汨羅江に身を投じたことを悼むため」と記されており、漢族社会における端午節との関連が示唆されている。しかし、ミャオ族における龍船節は、これとは異なる土着的な意義を持っており、主に農耕儀礼や祖霊信仰と結びついている点が特徴である。
施洞地域では、龍船節が端午節および田植えの終了時期と重なることが多く、なかでも旧暦5月25日前後に集中的に開催される例が多く見られる。これは、田植えの完了に感謝し、その後の農作物の順調な生育と風雨の調和(風調雨順)を祈願する意図が込められており、年中行事の一環として、農耕儀礼的な意味合いを色濃く帯びている。
概要[編集]
ドラゴンボートレースは、中国の端午の節句の習俗の一つであり、端午の節句で最も重要な民俗活動の一つでもある。中国の南方地域では広く見られ、北方の河川や湖に近い都市にもドラゴンボートレースの習俗があるが、その多くは旱地でドラゴンボートを漕ぎ、龍船を舞う形式である。
ドラゴンボートレースの起源については、曹娥を祭る、屈原を祭る、水神や龍神を祭るなどの祭祀活動に由来するという複数の説があり、その起源は戦国時代まで遡ることができる。ドラゴンボートレースはその後、隣国の日本、ベトナム、イギリスなどに伝わり、2010年広州アジア競技大会 の正式競技種目となった。
屈原よりもはるか以前から、沅陵には既に竜舟があった。沅陵の竜舟は遠古に起源を持ち、祭祀の対象は五溪の諸民族に共通の始祖である盤瓠である。盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、ミャオ族、ヤオ族、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動へと発展した。ミャオ族の龍船は杉材のようである。
一般的な祭祀[編集]
ドラゴンボートレースの前に、まず龍を招き、神を祀る。例えば広東の龍舟は、端午節前に水中から引き上げ、南海神廟に祀られている南海神に祀った後、龍頭と龍尾を取り付け、競渡の準備をする。また、一対の紙製の小さい雄鶏を龍船に置き、船の安全を守ると考える。福建省と台湾では、媽祖廟で参拝する。川辺で直接龍頭を祀り、鶏を殺してその血を龍頭の上に滴らせる地区もある。例えば、四川、貴州などの一部の地域である。
ドラゴンボートレースの前には、様々な祭祀や記念の儀式が行われる。一般的に、線香やろうそくを灯し、紙銭を焼き、鶏、米、肉、供え物の果物、ちまきなどを供えた。現在では、これらの儀式はほとんど見られないが、かつて人々が龍神廟を祀る際の雰囲気は厳粛で、農業の豊作、風雨の順調、邪気払い、災厄の除去、万事順調などを祈願し、また船漕ぎの安全も祈った。人々の言葉で言えば、「縁起を担ぐ」ことであり、人々の心の中の良き願いを表している[1]。
ミャオ族起原1・龍を食す[編集]
昔、クーポゥ(固保、保公)という老人がいて、その子をチュウポウ(Jux Pod、久保)といった。ある日、チュウポウは川で魚を釣っていて、川に引き込まれてしまった。保公がこのことを悲しみ、刀(砍牛刀)を取って龍潭に行き、深い淵に入ると大きな洞窟があり、大きな龍が息子を殺して枕にして横たわっているのを発見した。保公は復讐心を抱き、龍の眼が覚めないようにして、近くの柴草を集めて火打石を使い煙草盆で火をつけた(一説では豚の膀胱の中でつけた)。火はたちまち燃え広がって、大火となり三日三夜続いた。その煙は周囲に広がり、叫び声が山岳を震わして、天は暗闇に包まれた。この頃、清水江畔にノンシェン(Niongx Xenb、儂星)という娘がいて、彼女が朝早く水を汲みに川岸に降りてみると、巨大な怪物が流れ着いているのを発見した。急いで家に帰って母親と村人たちに告げて、ゲリュウ(Gheut Liued.、業公)に占わせると、焼け死んだ龍であるとわかった。この日は、五月五日であり、四ヶ所の村人で龍の肉を分けることとなった。各村は毎年この日を記念して龍船を漕ぐこととなった[2]。
煙で曇った空を晴らすのに女性が「トントンカ」と呪文を唱えた、などのエピソードを伴うバージョンがある。
私的解説[編集]
「龍が殺される原因」はとりあえずおいておいて、この伝承での「龍」には少なくとも2重性があるといえる。それは「雄」と「雌」の両方が含まれるのではないか、ということである。もっといえば、神話的に「亡くなった」とされる人物、「非太昊型神」「太昊型神」「燃やされた女神」をみんな纏めて「龍神」にして殺してしまったのだが、殺したクーポゥとは、中国神話の河伯、台湾ルカイ族伝承の洪水を起こす能力と鎮める能力の双方を持つ「スアブ」に名・性質共に類する神と考える。いわば広く太昊型神なのだが、一見するとそれぞれの伝承で性質はかなり異なる。
おそらく、この伝承の起原は「洪水神話」に関するもので、これに関して「殺された神々」を一つにまとめたものが「龍神」と考える。そして「殺した神」の方がクーポゥにまとめられてしまっているのである。特徴は「妻争い」譚からおそらく派生した話で、「太昊型神の父が殺されて、生まれ変わりの息子の方が、前世の自分の仇を討った」という話の「前世」と「後世」を入れ替えてしまっている点、と考える。元の話ではチュウポウの方が「父親(前世)」で、クーポゥの方が「息子(後世)」だったと考える。バロン・ダロン神話と比較すれば、チュウポウがアペ・コペン、クーポゥがバロン、「龍神」が雷公ということになるだろう。チュウポウが雷公と戦って殺されたのでクーポゥが仇を討った、という図式である。でも名前の点では、クーポゥがアペ・コペンに相当すると考える。
「妻争い」譚という観点からは、中国神話と比較すれば、クーポゥが羿、龍神が河伯といえる。でも、名前の点ではクーポゥが「河伯」となるのではないだろうか。
「燃やされる龍神」について。そもそも龍神には大量の水を操る能力があるとされるのに、いくら眠っていたからといって、人間の火で焼き殺されたりするだろうか? (ちなみに、龍神は何故眠っていたのだろうか。日本神話では、須佐之男に「酒を飲まされたので」八岐大蛇は眠ってしまった、とある。)また、西洋のドラゴンの中には自ら火を吐くものもある。英雄が悪しきドラゴンを倒す話は多いが、「焼き殺す」話は少ない。この類話は
- 祝融(火の神)が共工を殺した(中国神話)。
- 蛇頭松姫大神という暴れる蛇女神がいたが、一人の村人が「自分が見事に退治してみせる」といい、モグサで大きな牛の形を造り、その中に火を点じておいて池の中へ投げ込んだ。大蛇は好餌とばかりこのモグサの大牛を一口に呑み下した。モグサの火は次第に牛の体一面に広がり、大蛇が苦しみ出すと、空がにわかにかき曇り、豪雨が沛然と降り出した。大蛇が苦しんでもがき回り、のたうち回るにつれて池の水は次第に増し、洪水となって流れ出した。大蛇の体は3つに別れて別々の場所に流れ着いた(日本神話)。
がある。日本神話は丹後地方の伝承であって、人身御供的な伝承もある地域なので、葛城・賀茂氏系の伝承と考える。日本神話で殺される蛇神は女性である。しかも結婚に関して人間が変化したものである、とされている。中国神話の共工は男性である。しかし、彼の部下とされた相柳は女性とされ、こちらは禹に倒されている。これらの類話から、少なくともミャオ族神話の龍神は「男女」が複合的に習合したものと推察される。中国神話、日本神話では龍神(蛇神)は悪神として倒され、死後食べられたりはしていない。
また、諏訪大社下社には「お舟祭」という祭祀がある。これは、毎年8月1日に春宮から秋宮へ神々の御霊代を移す遷座祭である。巨大な柴舟(しばふね)に翁媼人形を乗せ、氏子たちが「ヨイサ」の掛け声とともに街中を曳行する神事である。お舟祭の神事の後、翁媼焼却神事があり、翁媼人形は解体されて焼却される。
この「お舟祭」と比較すると、龍船祭で舟に飾るという盤瓠の頭と、2つの龍頭とは、「食べてしまった龍神達」の魂をかたどったものと考えられる。というか、盤瓠犬の魂がすぐに見つからなかったのは、燃やして食べてしまったからで、その後でみんな吐き戻してようやく頭の霊だけ再生したのでは? と思う。毎年、燃やしたり、食べたり、神事という名の「呪術」なのでは、と感じてしまう。(ちなみに下社はあからさまに葛城・賀茂氏系の神社であると思う[3]。)
「龍船の意味」。このように見ていくと、ミャオ族の「龍船」、諏訪大社下社の「お舟」の意味は「魂を運ぶ器」という意味のようである。豊穣を願う祭祀の場合は、神々の魂を招じ入れて「豊穣をもたらしてくれる神」として化生させる「壺」の役割を果たすのではないだろうか。アボリジニの虹蛇エインガナは、人々をいったん飲み込んで、「自らの僕」に化生させて外に放つ、とされる。「舟」とは、広く死者(特に溺死者)の魂を水の中からすくい上げて、供養し、良くいえば日本風だと「成仏させる」とか、「新しい来世に送り出す」とかそのような意味を持つ装置となると考えるが、呪術的にいえば、「舟の龍神(そして舟の持ち主である人間)」にとって都合の良い使役霊に作り替える、という意味があるように思う。いわば「蠱術」の一種である。
そして、台湾原住民の伝承によれば、首狩りにおいて「敗者の魂」は「勝者の僕」となるともされている。ミャオ族の伝承では、「龍船」とは亡くなった悪龍が改心して変化したものとされるが、「殺された敗者」が毎年自らの魂をすくい上げて、「豊穣の神」に化生して放つとは考えにくい。敗者には、そのような権利がそもそも許されないのではないだろうか。「龍船祭」での勝者は、現在の伝承ではクーポゥである。ということは、クーポゥもまた「龍神」であって、彼が勝者の権利として、死した龍神達を食べ、その魂を自らの使役霊に作り替えた。それを記念し、その祭祀を子孫達も引き続き続けているのが「龍船祭」および「お舟祭」なのではないだろうか。子孫は子孫で、先祖が手に入れた「使役霊」を引き続き「豊穣の神」として使役したいのではないだろうか。だから、「龍船」とは、伝承の上からは、「勝者であるクーポゥ」の化身とするのが妥当なのではないだろうか。
台湾ルカイ族の伝承では、スアブという祖神は、洪水を起こすけれども、洪水を鎮めもするし、人身御供を要求して、自ら使役霊を作り出すことを望むように思える。また、中国神話の河伯も、豊穣や治水の安寧のために人身御供を求める。彼らは彼らで、自らの使役霊を毎年人々に求めながら、それを使って豊穣をもたらしたり、治水を行ったりする神と考えられていたのではないだろうか。
ミャオ族起原2・龍神と牛神[編集]
かつて龍ヶ淵という淵があり、一匹の犀角龍が住んでいた。ある家に、一頭の大きな水牛がいて、いつも淵で体を洗いに行くごとに喧嘩をしていた。ある日、牧童が牛の尻尾につかまり、水底まで行って、一体牛が水底で何をしているのかを見てやろうとした。ところが不幸に牧童は龍に殺されてしまった。彼の父は悲憤のあまり、ある日のこと自分も牛の尻尾につかまってその淵の底に行った。そこで龍と水牛が闘って疲れたところを見計らって、彼は力をこめて一刀のもとに龍を切り殺した。ところが、たちまち天が真っ暗闇になってしまったので、やがて龍船を漕いだ所、再び明るくなってきた。以後、龍船の祭を続けている。
参考文献[編集]
- 苗族「龍船節」祭り(21-02-18)、貴州省(最終閲覧日:26-03-15)
- ドラゴンボートレース(最終閲覧日:26-03-15)
関連項目[編集]
- 媽祖:龍船祭には「溺れ死んだ人を慰撫する」という性質があるようである。
- 女娃:東海で溺れ死んだ、とされる女神。
- 河伯:元は溺れ死んだ人間といわれている。クーポゥ(保公)と同語源の言葉ではないだろうか。
参照[編集]
- ↑ 赛龙舟的由来 . 华夏经纬网 . 2009-05-27 . [2013-08-19]
- ↑ p186
- ↑ そして、ものすごく個人的な見解だけれども、龍船祭の日本への伝播を語る際に、「お舟祭」のことに言及せずに沖縄のことだけ触れる、とかそういうことに、そもそも好感が持てない。沖縄の人達は「来訪神」とやらに「やれ」と言われたことをやらされているだけの気の毒な人達にしか、個人的には思えないので。本質的な根っこの方に一言も触れずに、枝葉のことをあげつらうようなやり方はいかがなものか、とそういう印象しか受けない。だって、これはスポーツでも、競争でもなく、根っこの方に「親食いのろくでなしを死刑にするのが正しいのか正しくないのか」という大きな問題があるからである。現代の日本だって、尊属殺人を3人続けてやったら、死刑が妥当でしょうが、と個人的には思う。1万年も前の出来事だったとしても、我ら一族郎党は何故このろくでなしのやったことを正当化しようとして見苦しくもがき続けなければならないのだろうか、とそう思わずにはいられない。