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'''河伯'''(かはく、ホーポー、Hébó)は、中国神話に登場する黄河の神。
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'''河伯'''(かはく、ホーポー、Hébó、上代中国語:*gâjpâk)は、中国神話に登場する黄河の神。
  
 
== 神話 ==
 
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[[羿]]は河伯の妻に横恋慕し、河伯の「左目」を射た、とされる。いわゆる「妻争い譚」の一つである。中国神話の[[羿]]の性質は、複合的でやや複雑なのだが、このエピソードでは[[羿]]は「後夫」にあたり、「'''先夫を殺してしまう譚'''」の変形といえる。河伯を殺してしまうと、その後河伯に対して祭祀を行う意味がなくなってしまうので、「左目を失う」ということにしたのだろう。また、神話的には「失われた左目」から何かが発生したという暗喩がかつてはあったかもしれないし、この作業を通して、河伯は「河伯前世(左目のある河伯)」から「河伯後世(左目のない不完全な河伯)」に変化してしまい、より怨霊的な存在に生まれ変わった、という意味もあるかもしれないと思う。
 
[[羿]]は河伯の妻に横恋慕し、河伯の「左目」を射た、とされる。いわゆる「妻争い譚」の一つである。中国神話の[[羿]]の性質は、複合的でやや複雑なのだが、このエピソードでは[[羿]]は「後夫」にあたり、「'''先夫を殺してしまう譚'''」の変形といえる。河伯を殺してしまうと、その後河伯に対して祭祀を行う意味がなくなってしまうので、「左目を失う」ということにしたのだろう。また、神話的には「失われた左目」から何かが発生したという暗喩がかつてはあったかもしれないし、この作業を通して、河伯は「河伯前世(左目のある河伯)」から「河伯後世(左目のない不完全な河伯)」に変化してしまい、より怨霊的な存在に生まれ変わった、という意味もあるかもしれないと思う。
  
このエピソードに限っては、[[羿]]は[[非太昊型神]]であり、'''先夫殺害型'''、'''英雄型'''の神といえる。河伯の方は[[太昊型神]]で、'''悪神型'''である。
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このエピソードに限っては、[[羿]]は[[非太昊型神]]であり、'''先夫殺害型'''、'''英雄型'''の神といえる。河伯の方は[[太昊型神]]で、'''敗者型'''、'''先夫優先型'''である。
  
 
個人的な余談ではあるが、妻に捨てられた河伯が、怒りのあまり毎年「若い娘」を妻の代わりに人身御供とするよう求めるようになった、とすれば、物語的には現実の祭祀と整合性がとれるようにも感じる。(「千夜一夜物語の王様」的な発想だが。)
 
個人的な余談ではあるが、妻に捨てられた河伯が、怒りのあまり毎年「若い娘」を妻の代わりに人身御供とするよう求めるようになった、とすれば、物語的には現実の祭祀と整合性がとれるようにも感じる。(「千夜一夜物語の王様」的な発想だが。)
  
 
== 河伯の原型 ==
 
== 河伯の原型 ==
台湾原住民ルカイ族の伝承には、大洪水を起こして人身御供を求めた「[[盤瓠|スアブ]]」という神が登場する。また、大洪水は蛇神やウナギ神が起こしたとする伝承が多い。これらが変化したものが中国神話の「河伯」であって、洪水などが起きる際に、あるいは定期的に[[人身御供]]を求める、と変更されたのだろう。
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台湾原住民ルカイ族の伝承には、大洪水を起こして人身御供を求めた「[[盤瓠|スアブ]]」という神が登場する。また、大洪水は蛇神やウナギ神が起こしたとする伝承が多い。これらが変化したものが中国神話の「河伯」であって、洪水などが起きる際に、あるいは定期的に[[人身御供]]を求める、と変更されたのだろう。[[盤瓠|スアブ]]という名は、河伯、[[夸父]]、[[龍船祭|クーポゥ]]、[[アペ・コペン]]、[[禹]]と同起原の言葉と考える。
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またミャオ族の伝承には[[龍船祭|クーポゥ]](固保、保公)という老人が登場する。これは河に住む竜神に息子を殺されて復讐する老人とされる。こちらは「火」で竜神を退治する神であって、中国神話の[[祝融]]に類する神だが、羿の神話と比較した際には、倒される河伯から「倒す神」の方に変わってしまっていることが興味深く感じる。
  
 
== 史書 ==
 
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== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
* [[炎帝]]
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* '''[[夸父]]''':河伯と同語源の言葉と考える。
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* '''[[アペ・コペン]]''':[[ミャオ族]]に伝わる洪水神話の父神である。クーポゥ(保公)と同語源の言葉と考える。
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* '''[[龍船祭]]''':[[ミャオ族]]に伝わるこの祭の由来譚の登場するクーポゥ(保公)という老人と同語源の言葉と考える。
 
* [[伏羲]]
 
* [[伏羲]]
 
** [[盤古]]:「目」が関連する。
 
** [[盤古]]:「目」が関連する。
* [[燭陰]]:「目」が関連する。
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* [[燭陰]]:「目」が関連する。虹蛇の一種と考える。
  
 
== 私的注釈 ==
 
== 私的注釈 ==

2026年3月16日 (月) 21:51時点における最新版

河伯(かはく、ホーポー、Hébó、上代中国語:*gâjpâk)は、中国神話に登場する黄河の神。

神話[編集]

人の姿をしており、白い亀、あるいは竜、あるいは竜が曳く車に乗っているとされる。あるいは、白い竜の姿である、もしくはその姿に変身するとも、人頭魚体ともいわれる。

元は冰夷(氷夷)または憑夷(ひょうい)という人間の男であり、冰夷が黄河で溺死したとき、天帝から河伯に命じられたという。道教では、冰夷が河辺で仙薬を飲んで仙人となったのが河伯だという。

若い女性を生贄として求め、生贄が絶えると黄河に洪水を起こす[私注 1]

黄河の支流である洛水の女神である洛嬪(らくひん)を妻とする。洛嬪に恋した后羿(こうげい)により左目を射抜かれた[私注 2]

羿の河伯退治・私的考察[編集]

羿は河伯の妻に横恋慕し、河伯の「左目」を射た、とされる。いわゆる「妻争い譚」の一つである。中国神話の羿の性質は、複合的でやや複雑なのだが、このエピソードでは羿は「後夫」にあたり、「先夫を殺してしまう譚」の変形といえる。河伯を殺してしまうと、その後河伯に対して祭祀を行う意味がなくなってしまうので、「左目を失う」ということにしたのだろう。また、神話的には「失われた左目」から何かが発生したという暗喩がかつてはあったかもしれないし、この作業を通して、河伯は「河伯前世(左目のある河伯)」から「河伯後世(左目のない不完全な河伯)」に変化してしまい、より怨霊的な存在に生まれ変わった、という意味もあるかもしれないと思う。

このエピソードに限っては、羿非太昊型神であり、先夫殺害型英雄型の神といえる。河伯の方は太昊型神で、敗者型先夫優先型である。

個人的な余談ではあるが、妻に捨てられた河伯が、怒りのあまり毎年「若い娘」を妻の代わりに人身御供とするよう求めるようになった、とすれば、物語的には現実の祭祀と整合性がとれるようにも感じる。(「千夜一夜物語の王様」的な発想だが。)

河伯の原型[編集]

台湾原住民ルカイ族の伝承には、大洪水を起こして人身御供を求めた「スアブ」という神が登場する。また、大洪水は蛇神やウナギ神が起こしたとする伝承が多い。これらが変化したものが中国神話の「河伯」であって、洪水などが起きる際に、あるいは定期的に人身御供を求める、と変更されたのだろう。スアブという名は、河伯、夸父クーポゥアペ・コペンと同起原の言葉と考える。

またミャオ族の伝承にはクーポゥ(固保、保公)という老人が登場する。これは河に住む竜神に息子を殺されて復讐する老人とされる。こちらは「火」で竜神を退治する神であって、中国神話の祝融に類する神だが、羿の神話と比較した際には、倒される河伯から「倒す神」の方に変わってしまっていることが興味深く感じる。

史書[編集]

『史記』29巻河渠書第7[1]に、「爲我謂河伯兮何不仁(川は慈悲深くはないと言うから)」と「河伯許兮薪不屬」と言う記述がある。

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『楚辞』九歌[2]に河伯の詩がある。

河童との関係[編集]

日本では、河伯を河童(かっぱ)の異名としたり、河伯を「かっぱ」と訓ずることがある。また一説に、河伯が日本に伝わり河童になったともされ、「かはく」が「かっぱ」の語源ともいう。これは、古代に雨乞い儀礼の一環として、道教呪術儀礼が大和朝廷に伝来し、在地の川神信仰と習合したものと考えられ、日本の6世紀末から7世紀にかけての遺跡からも河伯に奉げられたとみられる牛の頭骨が出土している。この為、研究者の中には、西日本の河童の起源を6世紀頃に求める者もいる[私注 3]

『西遊記』の登場人物の沙悟浄は、日本では河童とされるが、中国では河伯とされる。

高句麗及び夫余建国者との家系的つながり[編集]

河伯は、高句麗及び夫余建国者朱蒙の母方の祖父とされる。[3][4][5]

私的解説[編集]

河伯とは名前の通り「川の神」であり「溺れ死んだ人」とされる。この設定は、一般的に「溺れ死んだ人」は大勢いるであろうし、ともかく神話的に「水に関係して亡くなった者」を何でも「溺れ死んだ人」にしてしまえば、すべて一纏めに習合させて扱いやすいからではないか、という気がする。現実に溺れ死んだ人を「河伯」として祀り、慰撫することも可能だし、設定を書き換えてしまった神々もついでに一緒に纏めて祀れば経済的である。

関連項目[編集]

  • 夸父:河伯と同語源の言葉と考える。
  • アペ・コペンミャオ族に伝わる洪水神話の父神である。クーポゥ(保公)と同語源の言葉と考える。
  • 龍船祭ミャオ族に伝わるこの祭の由来譚の登場するクーポゥ(保公)という老人と同語源の言葉と考える。
  • 伏羲
    • 盤古:「目」が関連する。
  • 燭陰:「目」が関連する。虹蛇の一種と考える。

私的注釈[編集]

  1. 河の治水、あるいは治水工事に人間の生贄が必要である、と考える人々の神が河伯であることが分かる。
  2. 河伯を盤古と同じもの、とすれば射貫かれたのは左目(太陽)であるため、残ったのは右目()だけということになる。月が河伯の残された右目、ということになれば、月に生えているという不死の「月桂樹」は河伯の残された別の姿といえるのではないだろうか。
  3. 河の神が炎帝(牛)と同じものであって、かつ、炎帝が殺されて生贄になった故事にちなんで牛を捧げるべし、という思想は賀茂系氏族の信仰であると思うので、河童を河伯の変化したものとするならば、思想の起源は弥生人が到来したと言われる紀元前2世紀頃まで遡るのではないか。あるいは6世紀頃に牛を生贄に捧げる文化が到来したのであれば、そのような思想が別系統から伝播したと考えられる。

参照[編集]