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* タガラウソクソクという巨人がいた。常に流浪していて飢えた時には嬰児を丸呑みした。陰茎が大きく、大雨で川が増水した際には陰茎を橋として人々を渡した(ブヌン族タケバタン部族アサンバタン社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p314)。
* 巨人がいて、人家を訪れるときに大鍋に肉を盛って与えないと暴れるので、人々は彼の姿を見ると逃げ隠れした。巨人は、自分がこのように大きくなったのは、母が去勢したせいだ、としてある日槍の先を削って、ある日ふいに'''母'''の陰部を槍で突いた(ブヌン族イシブクン部族タケトンポ社、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p314)。
 
== 同族性と同門性 ==
台湾原住民の伝承、そしてもっと広くは中国長江中流域の伝承、日本他の神話・伝承など、「'''類似した伝承'''」が多くみられる。妻争い、親殺し、妻殺しなどの祖神に関する独特の伝承は、どの部族・氏族やあらゆる人々にとって、「'''個々の部族・氏族ごとに先祖が同じ事をした'''」とは考えにくい。
 
これは、おそらく、「創世記」に関する現代の人類の取り扱いに類似した現象と考える。「創世記」のアダムとハヴァ、ノアの伝承など、多神教風な見方をすれば、これらはユダヤ民族の「'''祖神神話'''」といえる。ユダヤ民族は、もしかしたら本当の意味で彼らの「子孫」かもしれない。でも、例えば現代に当てはめた場合、日々キリスト教に入信する人々はユダヤ民族でない人も大勢いるであろうが、入信する、ということは「アダムとハヴァ」が「人類の先祖」だと受け入れる、ということである。でも、生物学的にはユダヤ民族でない人々は「アダムとハヴァ」の現実の子孫ではない可能性の方が高いように思う。キリスト教に入信した人が「アダムとハヴァ」を「人類の先祖」とみなすのは'''宗教的'''な意味においてであって、実際に彼らが自分たちの何代前の先祖で、血筋がどこからどう繋がり、何代経て自分となっていくのか、証明できる人などいないだろう。「後からキリスト教に入信した人達」は、「アダムとハヴァを先祖とする」人達と同じ派閥、同じ門閥に「'''属する'''」と決めたから、いわば「'''アダムとハヴァの養子'''」みたいなものとなった、といえるのではないだろうか。
 
これと同じことで、古い時代の神話は、一つには「どこかの部族の現実の祖神神話」なのだと思うけれども、もう一つには「その根幹となる部族と同門・同派閥となった養子部族の祖神神話」でもあると考える。タイヤル族のスタンスが、まさにこれに当てはまる状態であって、彼らにとって神々は「先祖ではない」のだけれども「祖神」なのである。
 
'''同門・同派閥'''の思想の起原は[[大渓文化]]あるいはそれよりも古くからあったと考える。[[大渓文化]]で大きく発展し、確立した思想なのではないだろうか。個人的には「'''根幹となる部族'''」とはチモ族だと考える。中国における食人の長い歴史、台湾原住民の首狩りの歴史、そしてこれまた長い日本における[[人身御供]]の歴史の起源は、すべて「'''チモ族から始まった'''」とみなされているようだからである。
 
[[大渓文化]]では王族・貴族階級は楓、庶民階級は竹をトーテムに持っていたと考えられる。建築資材として王族・貴族階級は楓、庶民階級は竹を使用していたと思われる。また、王族・貴族階級のトーテムは「'''[[クマ|熊]]'''」だったと思われるが、タイヤル族の伝承にある通り「'''竹は[[クマ|熊]]の餌'''」である。竹をトーテムに持つチモ族は、チモ族の中では庶子的な存在で、'''下位の貴族あるいは庶民にまで地位が低下したチモ族'''なのだと考える。日本の文化からみれば、天皇の子孫だけれども、臣籍降下した源氏や平氏、といった存在なのではないだろうか。しかし、チモ族以外の人からみれば「チモ族」なので、庶民といえど王侯・貴族に通じる人々なので、少数派であっても一般的な「庶民」との関係では優位にふるまえるのだ。
== 参考文献 ==

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