'''鉾'''を持つ女神はサソリトーテムの女神で、'''鉾'''は「サソリの毒針」が変化したものと考える。好美女の場合は、「[[吊された女神]]」としての要素はほぼなく、「[[養母としての女神]]」である。やや欠落的だが、おそらくこの神話での狗留吠王・倶那羅太子には荒ぶる「火の神」としての性質があり、好美女とその船にはそれを鎮める力がある、と述べたいのであろう。彼女が日本に来る際に乗ってきた船は、伏羲・女媧神話の「[[ヒョウタン]]」に類するもので、暗に好美女の「母女神」を示していると考える。
諏訪大明神の妻とされる八坂刀売との争いについては、朝鮮の神話になぞらえれば「熊女と虎女」の戦い、と見えなくもない。八坂刀売は八坂刀売で「八」がつく「八神」の影響を受けた女神と言え、泰山信仰と関連すると考える。好美女はどちらかといえばグミヤーの姉妹とされ、鉾を持っている点から、「熊トーテム」であり「サソリトーテム」の女神としての特徴を備えているのだが、「負ける女神」としては'''「虎トーテム」の女神である'''、としか言いようがない。
貫前神社に関連する抜鉾神社には「ウナギを食べない」という伝承があり、ここでのウナギとは「蛇」の仮託と思われるので、貫前神社と抜鉾神社を作った物部氏とは、台湾で述べるところのパイワン族、中国のプーラン族と同系統の氏族と思われる。一方諏訪大社下社金刺氏は葛城・賀茂氏に近い氏族で、台湾のパイワン族の内チモ族に近い人々と思われるので、物部氏と神話はとても近く被る要素が大きいのだけれども、「チモ族」の方は「何でも食べる」部類に入ると思われる。その点が違いであるし、人身御供に対する根本的な考え方も異なる。だから、パイワン系の氏族を名乗っても、純然たるパイワン族とチモ族では根本が異なり、本来であれば好美女は'''純然たる蛇女神'''である方が分かりやすいのだが、チモ族と神話が近いので熊トーテムやサソリトーテムの特徴を併せ持つ女神となっている。でも、おそらく'''狗留吠'''王の名のごとく、「'''犬トーテムの王([[伏羲]])'''は敵」と言いたいと思う。たぶん、赤城大明神の縁起と併せて、
「犬の尾が生えている'''狗留吠'''王の住まいはインドではなくて、信濃国更級郡の宇津尾山だ」
と言いたいのだと想像する。葛城の一言主は源氏物語で「一言しか話さないのは全然話さないのと同じ」と叩かれた末摘花の兄のことと思われる。パイワン族以外の氏族からみたら、'''倶那羅'''(くなら)太子も'''狗留吠'''(くるばい)王も「同じ」と言うであろうと思うので、この2人を対立させる神話は取り扱いに困る感があるが、物部氏の神・[[邇芸速日命]]は白庭山に降臨したと言われているので、物部氏は、結果的には[[グミヤー]]でも[[伏羲]]でもない、第三の[[邇芸速日命]]を作りだし、祖神とすることにして[[グミヤー]]と[[伏羲]]をほとんど捨ててしまったものと考える。
* 諏訪大明神 対 [[グミヤ-]]・[[伏羲]](上野国) 妻・好美女
* [[邇芸速日命]](白庭山に降臨) 対 [[長髄彦]](大和国) 妻・三炊媛
* 桓因(白頭山に降臨) 妻・熊女
として類似性を探れば分かりやすいだろうか。物部氏は古き祖神であった[[グミヤー]]・[[伏羲]]を、葛城氏の祖神とみなして切り捨ててしまい、新たに[[邇芸速日命]]を立て、壇君神話的に熊女を妻とする神話を再構成したと思われる。好美女は三炊媛に相当する女神と思われる。そして、その夫の「諏訪大明神」とは[[邇芸速日命]]の「諏訪版」というべきなのだろう。長髄彦とは「すねが長い」というよりは「尾が長い蛇」と言うべきかもしれないと思う。大和の中央での神話には新たに作り出した[[邇芸速日命]]を据え、上野国の方には、信濃葛城氏に対する苦情も述べつつ、彼らが本来'''倶那羅'''(くなら)太子([[グミヤー]])を祖神とし、蛇食を忌避するプーラン族だった伝承を残したものと考える。
== 参考文献 ==