=== 大井子水論して力を顯す事 ===
氏長を鍛えたこの女は高島の大井子{{Refnest|group="註"|<ref>「大井子」は「中の子」や「三の子」などに対して長女の意として用いられる呼称である</ref><ref name=Masuda3>[[#益田|益田(1987年)]], 3頁</ref>。}}という。大井子は田なども多く持っていた{{Refnest|group="註"|。という。大井子は田なども多く持っていた<ref>古今著聞集には大井子が多数の田を有していた理由は述べられていないが、律令体制の下に国家から膂力婦女田(りょりょくふじょでん)として大井子の家系に与えられたとする説も有る</ref><ref>{{Cite web|和書|url=http://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/vm/wh2017/2017/11/a4-1-test.html|title=, A2-5 大井子と水論争|accessdate=, 2018-11-22|date=, 2017-11-19|website=, 女英雄展 -名を残した女達-|work=, A2 大力女|publisher=, 立命館大学アート・リサーチセンター|archiveurl=, https://archive.is/Z3q1K|archivedate=, 2018-11-21}}</ref><ref name=Masuda12>[[#益田|益田(1987年)]]12頁, 2頁</ref>。}}。ある時のこと、田に水を引く頃に村人が争いになり水を巡って論じ有った末、大井子の田には水が引かれない様にされたことが有った。大井子は夜中に忍んで6、7[[尺]]程の大きさの石を何処からか持ってきて、水口へこれを横向きに置いて他人の田へ流れていた水を自分の田へ流れるようにした。大井子の田はこれにより潤った。朝になって村人はその様子を見て驚くとともにあきれ返った。石を退かそうとすれば村人100人の力をもってしても難しく、その様なことをすれば田は踏み荒らされてしまう。ある時のこと、田に水を引く頃に村人が争いになり水を巡って論じ有った末、大井子の田には水が引かれない様にされたことが有った。大井子は夜中に忍んで6、7尺程の大きさの石を何処からか持ってきて、水口へこれを横向きに置いて他人の田へ流れていた水を自分の田へ流れるようにした。大井子の田はこれにより潤った。朝になって村人はその様子を見て驚くとともにあきれ返った。石を退かそうとすれば村人100人の力をもってしても難しく、その様なことをすれば田は踏み荒らされてしまう<ref name=Chomonju300/>。村人はどうしたものだろうと考えた末、諦めて「今後はあなたの思いのままに田に水を引くのでこの石を退かして欲しい。」と言ったので、大井子は「そうでしょう。」と答えて再び夜中を待って石を退かした。その後は水の争いや田が干上がることも無くなった。これが大井子が初めてその力を発揮した時である。「この石は大井子の水口石としてかの郡に未だ有る。」と記されている<ref name=Chomonju301/>。
== その他 ==
[[ファイル:Ankan-jinja-1b.JPG|thumb|left|200px|水口石(右)と神代石]]
高島市安曇川町三尾里に鎮座する[[安閑神社 (高島市)#安閑神社〔安曇川町三尾里鎮座〕|安閑神社]]境内には「大井子の水口石」として伝えられた石が神代石と共に祀られており、近隣住人から信仰の対象として大切に扱われている<ref name=Nishimori>{{Cite book|和書|author=西本梛枝|title=近江の文学風景 大力物語 菊池寛|url=https://web.archive.org/web/20181114045824/https://www.keibun.co.jp/saveimg/mizuumi/0000000021/pdf_sub_164_20140624151757.pdf|format=PDF|accessdate=2018-11-14|date=2014|publisher=しがぎん経済文化センター|pages=7-10}}</ref>。