差分

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源氏物語でもう一つ特徴的な母娘関係が目立つのは源氏の妻の一人である明石の上と娘の明石の中宮の物語である。身分の低い明石の上は、愛娘の将来が安定したものになることを願って、娘を手放し、源氏の正妻である紫の上の養女に差し出す。紫の上の生い立ちも複雑ではあるのだが、皇族の血を引き実父が兵部卿宮である紫の上は、葵の上亡き後は、源氏の妻たちの中で一番身分が高い女性だったのだ。大切に育てられた明石の姫君はやがて東宮妃として入内するのだが、実母の明石の上は女房(召使い)として娘に仕えることにし、その時点で初めて成長した娘と再会することができたのだ。そして再会してからもすぐに母娘の名乗りを上げることはできなかった。やがて明石の姫君は男子を産み、将来の国母としての地位を固めていき、明石の上は母と名乗ることができるようになって、その後も東宮妃の側近として宮中の人間関係を乗り切っていくことになるのだけれども、「身分の低い母親が、身分の高い娘を支える」という構図は六条御息所と秋好中宮の関係に似ているように思う。かつての東宮妃だった六条御息所は高位貴族の令嬢だけれども、娘の秋好中宮は皇族なので、身分的には臣下である母親よりも高い存在である。
ということで、伊勢の斎宮として下向する秋好中宮に付き添って支える六条御息所を、[[天照大御神]](事実上の[[天道日女命]])に付き添って支える[[豊受大神]]になぞらえるとすれば、明石の上は、さしずめ、身分の低い海部氏の太陽女神であるになぞらえているのだとすれば、明石の上は、さしずめ、「母親であることを隠して娘に仕える[[豊受大神]]」ということなのだと思う。  身分の低い海部氏の太陽女神である[[天道日女命]]を皇祖神に差し出すことで、将来にわたって太陽女神信仰が安定して続けることを願った海部氏の人々の姿だったのかもしれないと考える。皇祖神に差し出すことで、海部氏は祖神としての太陽女神を失ってしまうかもしれないが、太陽女神信仰は存続可能になる、そう考えて明石の上が皇族である紫の上に愛娘を養女として差し出したように、海部氏は大切な祖神としての太陽女神を皇祖神として差し出し、人身御供を忌避する先祖伝来の大切な思想がいつまでも続くことを望んだのだ、とそう言いたかったのが、明石の上と明石の姫君の物語なのかもしれないと思う。紫式部は平安時代の第一級の才女であり教養人だから、海部氏と伊勢神宮のいきさつを誰かから聞いていて、それを重要なモチーフとして落とし込んで源氏物語を書いたのではないかと考える。
== 参考文献 ==

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