ところが嫁入の日も近くなった春に、秋月の殿様が是非嫁にくれ、くれないのなら考えがある、という無理な申し入れがあった。そう言われても、もう決ったことなので、古賀の殿様な、はっきりと事情を説明して断わった。
秋月の殿様は断わられた腹いせに薩摩の島津と組んで、七月古賀の館に戦を仕掛けて来た。殿様は娘を高橋家にやるという約束を果してから戦争しようと思い、早く高橋家に行け、と娘に言ったが娘は自分が居るばかりに戦になった、自分がいなかったら戦争にはなるまい、と思い自殺してしまった。殿様は娘の健気な気持に涙しながら、高橋家にせめて首だけでも輿入させよう、と家来の掃部介に娘の首を届けるよう命じた。
秋月の殿様(トノサン)な断わられた腹いせに 薩摩ん島津と組んで、七月古賀の館に戦ば仕掛けて来た。殿様(トノサン)な娘は高橋さんやって約束果してから戦争しゆうと思うて、早よ高橋さん行けち娘に言うたが娘は自分が居るばっかりに戦になっ たけ、自分がおらんごつなったなら戦争にゃなるめち自殺してしもうた。殿様は娘ん健気な気持に涙しながら高橋にせめて首だけでん輿(コシ)入させたかち家来の掃部介に娘の首ば届くるごつ命じた。 秋月方の囲(カコイ)ばようよ切抜けち高橋さん馬で走ったが、途中で高橋の館も秋月、島津のため攻め 破られたち言う報せに、古賀の館ば振返って見ると、もう館も火炎につゝまれち、殿様も家来も多勢に 無勢で討死されたらしか様子。掃部介は、姫の首ば八丁島の池に静かに沈めかくして、「もうこれまで ぢゃ、いさぎよう斬死にしょう」ち馬ば館の方に走らせ、勝ちどき上げよる敵の中に斬込うで行って、深傷ば負うてん猶戦い、力尽きると近くの池に馬ば乗り入れ、敵が見守るなかで見事切腹して死んでしもた。掃部介は秋月方の囲ばなんとか抜けて高橋家まで馬で走ったが、途中で高橋の館も秋月、島津に攻められ落ちたと言う報せを聞いて、古賀の館に戻った。すると、古賀の館も火炎に包まれており、殿様も家来も多勢に無勢で討死したようだった。掃部介は、姫の首ば八丁島の池に静かに沈めかくして、「もうこれまでだ。いさぎよく斬死にしよう。」と馬を館の方に走らせ、勝ちどき上げる敵の中に斬込んで行って、深傷を負っても猶戦い、力尽きると近くの池に馬を乗り入れて、敵が見守るなかで見事切腹して死んでしまった。
それからあと、娘の首ば沈めた八丁島には娘の怨霊が大蛇になって住つき、大水、旱魃、流行病 、家畜にも災ひばして皆、困ってしもうた。村ば通りかゝった六部にこのわけば聞いてみっと毎年十才迄の男の子ぱ池の大蛇に人身御供すりゃ災難が消ゆるぢゃろち教えた。