『出雲国風土記』によれば、幼い時、その泣き叫ぶ声が非常に大きかったので、静かになるまで船に乗せて八十島(日本)を巡ったり、高屋を作って梯子をかけそれを上り下りさせたりした。天御梶日女(あめのみかじひめ)との間に雨の神である多伎都比古(たきつひこ)をもうけたとしている。
=== 私的考察 ===
「泣き叫ぶ声が大きい」という点、怒ると「暴れて建造物を倒す」という点等、「'''祟り神'''」あるいは「'''荒魂'''」という性質が強い神のように感じる。アメノワカヒコとそっくりであったのであれば、'''生きている和魂がアメノワカヒコ'''で、'''死んでいる荒魂(怨霊)が阿遅鉏高日子根神'''といえるのではないだろうか。また、植物に関連のある神であるとすれば、生きている時にはアメノワカヒコであり、死んだ後(収穫された後)の姿が
阿遅鉏高日子根神である、といえると思う。収穫されたり、刈られたりした植物は、役に立つ部分は「'''人の役に立つ物'''」として生まれ変わることができるかもしれないが、余計な枝葉や腐っていたり、役に立たない部分は「'''ゴミ'''」である。阿遅鉏高日子根神の和魂は'''植物から生じた役に立つ産物'''、阿遅鉏高日子根神の荒魂は'''(主に)植物のゴミ'''といえる。よって、阿遅鉏高日子根神はアメノワカヒコとそっくりであっても、「死んでいるもの」と「ゴミ」という二重の性質により、アメノワカヒコよりも'''荒魂(怨霊)としての性質が強い'''といえよう。といえよう。「根」という言葉がついている分、阿遅鉏高日子根神には「'''根'''」という意味が強いのではないか、と個人的には思う。「根」は「根の国」にも通じる言葉である。阿遅鉏高日子根神が五十猛神(大屋毘古神)と「ほぼ同じ神」であるとすれば、五十猛神の「根」といえる阿遅鉏高日子根神のいる所が「根の国」の出入り口である、ともいえるのではないだろうか。大屋毘古神は「建物の神」の意であるので、'''阿遅鉏高日子神の胴'''として、阿遅鉏高日子'''胴'''神とでも呼ぶ方が相応しいのかもしれない、とすら思う。
== 関連項目 ==