== 伝承 ==
『古事記』では、[[葦原中国平定]]において登場する。シタテルヒメの兄で、高天原に復命しなかったために死んでしまった[[アメノワカヒコ]]の葬儀を訪れた。しかし、アヂスキタカヒコネはアメノワカヒコとそっくりであったため、アメノワカヒコの父の[[天津国玉神|アマツクニタマ]]が、アメノワカヒコが生きていたものと勘違いして抱きついてきた。アヂスキタカヒコネは穢わしい死人と一緒にするなと怒り、[[神度剣]]を抜いて喪屋を切り倒し、蹴り飛ばしてしまった。シタテルヒメはアヂスキタカヒコネの名を明かす歌を詠んだ。『古事記』では、葦原中国平定において登場する。シタテルヒメの兄で、高天原に復命しなかったために死んでしまったアメノワカヒコの葬儀を訪れた。しかし、アヂスキタカヒコネはアメノワカヒコとそっくりであったため、アメノワカヒコの父のアマツクニタマが、アメノワカヒコが生きていたものと勘違いして抱きついてきた。アヂスキタカヒコネは穢わしい死人と一緒にするなと怒り、神度剣を抜いて喪屋を切り倒し、蹴り飛ばしてしまった。シタテルヒメはアヂスキタカヒコネの名を明かす歌を詠んだ。
『出雲国風土記』によれば、幼い時、その泣き叫ぶ声が非常に大きかったので、静かになるまで船に乗せて八十島(日本)を巡ったり、高屋を作って梯子をかけそれを上り下りさせたりした。天御梶日女(あめのみかじひめ)との間に雨の神である多伎都比古(たきつひこ)をもうけたとしている。
「泣き叫ぶ声が大きい」という点、怒ると「暴れて建造物を倒す」という点等、「'''祟り神'''」あるいは「'''荒魂'''」という性質が強い神のように感じる。アメノワカヒコとそっくりであったのであれば、'''生きている和魂がアメノワカヒコ'''で、'''死んでいる荒魂(怨霊)が阿遅鉏高日子根神'''といえるのではないだろうか。また、植物に関連のある神であるとすれば、生きている時にはアメノワカヒコであり、死んだ後(収穫された後)の姿が
阿遅鉏高日子根神である、といえると思う。収穫されたり、刈られたりした植物は、役に立つ部分は「'''人の役に立つ物'''」として生まれ変わることができるかもしれないが、余計な枝葉や腐っていたり、役に立たない部分は「'''ゴミ'''」である。阿遅鉏高日子根神の和魂は'''植物から生じた役に立つ産物'''、阿遅鉏高日子根神の荒魂は'''(主に)植物のゴミ'''といえる。よって、阿遅鉏高日子根神はアメノワカヒコとそっくりであっても、「死んでいるもの」と「ゴミ」という二重の性質により、アメノワカヒコよりも'''荒魂(怨霊)としての性質が強い'''といえよう。
== 関連項目 ==