なまはげやトシドンは、主に子どもの健やかな成長(無病息災)を願う祭りである。昔はお正月に1つ年を取ることになったので、元は「無事に一つ年を取ること(新しい年の無病息災)」を願う祭りだったものが、特に子どもの成長の祭りとしての性質が強くなったものか、と思う。
祇園信仰の祭祀は夏の祇園祭(お天王おろし)が有名だが、八坂神社では正月に'''白朮祭'''(おけらさい、をけらさい)を行って、その年の無病息災を祈る。午頭天王のような『「旅する神」が無病息災をもたらす』という祭祀は、夏だけでなく冬至を中心とした「冬の節目」にも行われたのではないだろうか。そのような「(おけらさい、をけらさい)を行って、その年の無病息災を祈る。午頭天王のような『「旅する神」が無病息災をもたらす』という祭祀は、夏だけでなく冬至を中心とした「冬の節目」にも行われたのではないだろうか。地蔵菩薩は、日本では、「旅をしながら人々(特に子ども)を救う神」とされ、かつ道祖神と習合して「境界神」としての性質もあったようなので、「'''年と年との境界の神'''」ともされて、特に冬の冬至~大晦日にかけての「神」としての性質が強調された説話が「笠地蔵」といえると思う。 「旅する神」に対する「'''祇園信仰'''」が」が時の境界神も兼ねる'''地蔵信仰'''と結びついたのが「笠地蔵」の伝承だと考える。地蔵菩薩は、日本の仏教信仰では、冥界において人々を助けてくれる神なのだが、「笠地蔵」では現世利益をもたらす神とされている。と結びついたのが「笠地蔵」の伝承といえる。そのため、地蔵菩薩は、日本の仏教信仰では、本来は冥界において人々を助けてくれる神なのだが、「笠地蔵」では'''冬の季節の節目を支配し、時に(正しく祀ると)現世利益をもたらす神'''とされている。
== 参考文献 ==