== 不死の霊薬 ==
=== シームルグ ===
'''シームルグ'''<ref>ローズ,松村訳 (2004)で確認した表記。</ref>(または'''スィームルグ'''<ref>カーティス,薩摩訳 (2002)で確認した表記。</ref>、'''スィーモルグ'''<ref>フェルドウスィー,岡田訳 (1999)、ヘダーヤト,奥西訳註 (1999)で確認した表記。</ref>、'''シムルグ'''。سیمرغ、Simurgh)は、イラン神話に登場する神秘的な鳥である。'''サムルク'''(Samruk)などともいう。
シームルグの伝承は、ペルシア(現在のイラン)やカシミール(現在のインド北部)<ref>カシミール地方はパミール高原の東(中国)寄りの地域である。パキスタン、インド、中国の国境地帯。</ref>で知られている。ペルシアの北部にあるアルブルズ山に住むとされており、その羽毛は美しいだけでなく治癒する力を持つとされている<ref>ローズ,松村訳 (2004)、214頁。</ref>。
伝承では、シームルグの体は象さえ運べるほど巨大だという。鳥の王であり、ゆえに餌として得たものは自身が満腹になると残りは他の動物が食べられるようにとその場に置いていくという<ref>ヘダーヤト,奥西訳註 (1999)、311頁。</ref>。伝承によっては、シームルグは1700年の寿命を持ち、300歳になると卵を産み、その卵は250年かかって孵るという。そして、雛が成長すると親鳥が火に飛び込んで死ぬとされている。
サエーナ鳥とも呼ばれ、アヴェスター<ref>紀元前600年~300年頃に成立</ref>においては太古の海にある二本の大木のうちの一本に棲んでいた。この木の上でシームルグが羽ばたくと種子が巻き散らされ、その種子からはあらゆる種類の植物が生えた。しかし、ある時ダエーワたちによってこの大木が打ち倒されて枯れると、シームルグはアルブルズ山へと住処を移した<ref>伝説の英雄とモンスター,西東社 (2008)、138頁</ref>。
==== すべての種の実る木 ====
ヴェンディダード(Vendidad)<ref>アヴェスターのテキストの一部。</ref>によると、ヴォウルカシャの中心には"すべての種の実る木"、Harvisptokhmがあるとされ、この木は世界に存在するすべての植物の種を含むとされる<ref>ヴォウルカシャ, Darmesteter, Pg 54</ref>。木の上には大枝を破壊し、種をまき散らす原因となるシナムル(Sinamru)の鳥が棲んでいる。
この木はアヴェスターにおいては太古の海にある二本の大木のうちの一本とされている<ref>シームルグ, 伝説の英雄とモンスター,西東社 (2008)、138頁</ref>。Sinamru鳥はシームルグの別名、あるいは原型ともされ、シームルグが棲んでいるのはHarvisptokhmの方であるとも考えられる。
==== ハオマの木に宿る鳥 ====
'''ガオケレナ'''は、ペルシャ神話、ゾロアスター教の伝説に登場する白きハオマの巨木(生命の植物)である。世界海ヴォウルカシャ(Vourukasha)の中心に立つとされ、1万の癒しの植物に囲まれた、"癒しの木の王"とも呼ばれる<ref>Darmesteter, Introduction, Pg lxix</ref>。この植物は食すと癒しをもたらし、死者を復活させ不老不死にする。ハオマ(Haoma)は、ゾロアスター教において重視される神酒の名でもあり、この植物の実から作られるとされる、不老不死の霊薬である。ガオケレナは「雄牛の角」「雌牛の耳」の意である。
悪霊がトカゲとカエルを作り、この木を攻撃しようとしたが、10匹のカラ魚と9個の口と6個の目を持つロバによって保護された。またこの木には、シームルグが巣を作っている。
===== 参考・ハオマとソーマ =====
'''ハオマ''' ('''Haoma''')とは、ゾロアスター教において重視される神酒。
ハオマはアヴェスター語形で、パフラヴィー語形では'''ホーム'''、現代ペルシア語では'''フーム'''と言う。この名はインド神話のソーマに対応し、従ってインド・イラン共通時代にまで遡る古い信仰に基づくものである。
ハオマ草を搾って造る酒であると伝えられるが、早くからその実物は手に入らなくなったようで、儀式ではザクロの枝などで代用されている。
ゾロアスター教において、酒は狂騒をもたらす悪魔の飲み物とされ、悪神アエーシュマに属すると説く。しかし、このハオマだけは神聖な酒として特別視され、アシャ・ワヒシュタに属するとされる。
また、ハオマは神格化され、中級神ヤザタに分類されている。生命力を活性化させる力を持ち、身体を健康にし、死を遠ざけ、子孫繁栄を司る。金色の身体を持ち、高山の頂上に座すという。
'''ソーマ'''('''soma''')は、ヴェーダなどのインド神話に登場する神々の飲料。なんらかの植物の液汁と考えられるが、植物学上の同定は困難である<ref>山本昌木, 1985, 古代インドにおける植物病害と菌類について, 日本植物病理学会報, volume=51, issue=3, pages=251, https://doi.org/10.3186/jjphytopath.51.249</ref><ref>John Brough, 1971, Soma and "Amanita muscaria", Bulletin of the School of Oriental and African Studies, University of London, volume=34, issue=2, pages=331-362, https://www.jstor.org/stable/612695</ref>。また、その植物を神格化したインドの神でもある。
飲み物のソーマは、ヴェーダの祭祀で用いられる一種の興奮飲料であり、原料の植物を指すこともある。ゾロアスター教でも同じ飲料(ハオマ)を用いることから、起源は古い。神々はこれを飲用して英気を養い、詩人は天啓を得るために使った。高揚感や幻覚作用を伴うが酒ではない。ソーマは神々と人間に栄養と活力を与え、寿命を延ばし、霊感をもたらす不老不死の霊薬という。『リグ・ヴェーダ』第9巻全体がソーマ讃歌であり、その重要性が知られる。
ヒンドゥー教で月が神々の酒盃と見なされたためにソーマは月の神とも考えられ、ナヴァグラハの1柱である光と月の神チャンドラと同一視される。
==== シャー・ナーメ(王書) ====
フェルドウスィーによる叙事詩『シャー・ナーメ(王書)<ref>10~11世紀にかけて記された。</ref>』では、シームルグは重要な役割をもって登場する。
ナリーマン(Nariman (father of Sām))家のサームの元に生まれたザールは、生まれた時から白髪だったため、父サームの命令によって遠い場所に捨てられた。エルブルズ山(アルブルズ山)に巣を置いて雛を育てていたシームルグがこの捨てられた赤ん坊を見つけ、巣に連れ帰って雛鳥と一緒に育てた。やがてサームは子供を捨てたことを後悔し、子供を捜してエルブルズ山にやって来た。サームを見つけたシームルグは、成長したサームの息子に自分の羽根の1枚を渡し、「困ったことがあったら燃やすように」と言って、サームの元まで連れて行った。サームは息子にザールと名付けて共に山を下りた。サームが仕えるイラン王マヌーチェフル(Manuchehr)は、サームの子をシームルグが育てたと知ると非常に喜んだ<ref>フェルドウスィー,岡田訳 (1999)、119-131頁。</ref><ref>カーティス,薩摩訳 (2002)、87頁。</ref><ref>ヘダーヤト,奥西訳註 (1999)、312頁。</ref>。
やがてザールは、カブールのルーダーベ(Rudaba)姫と結ばれる。ルーダーベが出産する際、臨月となっても胎児は産まれずルーダーベを苦しめた。ザールは、シームルグの羽根の一部を香炉で燃やした。すぐにシームルグが現れ、生まれてくる子が強く賢い人物となる旨を告げ、出産のための助言を与えて、1枚の羽根を置き飛び去った。シームルグの指示により、ルーダーベを酒で酔わせた後に腹部を切開して赤ん坊を取り上げ、腹部は縫合して薬を塗り、シームルグの羽根で傷口を撫でて治癒させた。こうしてロスタムは生まれた。<ref>フェルドウスィー,岡田訳 (1999)、182-186頁。</ref>。
成長したロスタムが、イランの王子イスファンディヤール(Esfandiyār)と戦って傷ついた時、ザールは香炉でシームルグの羽根の一部を燃やした。再びシームルグが現れて、ロスタムと彼の馬ラクシュ(Rakhsh)を治療した。シームルグは、ロスタムからイスファンディヤールと戦うことになった事情を聞くと、イスファンディヤールと和解を試みるよう、そしてもしイスファンディヤールが和解を受け入れないなら、シームルグが作らせた矢を用いて彼と戦うよう助言した<ref>ロスタムがイスファンディヤールと戦うことになった事情は、イスファンディヤール王子の父が、ロスタムに殺されるように、と目論んで、ロスタム征伐を王子に命じたからである。</ref>。再びイスファンディヤールと相まみえたロスタムは和解を試みたが、イスファンディヤールが拒否したため、ロスタムはシームルグが指示した方法で矢を放った。矢はイスファンディヤールの目に深々と刺さり、これが彼の致命傷となった<ref>フェルドウスィー,岡田訳 (1999)、312-323頁。</ref><ref>カーティス,薩摩訳 (2002)、87-90頁。</ref>。
なお、イスファンディヤールは、イランと隣国トゥーラーンとの戦争の際、トゥーラーン王のいる「青銅の城」へ攻め込む途中で7つの艱難を攻略している。その艱難の1つはシームルグとの戦いであった<ref>フェルドウスィー,岡田訳 (1999)、306頁。</ref>が、ここでのシームルグはザールを育てたシームルグとは別の、邪悪な鳥だとされている。イスファンディヤールは策略をもってシームルグを倒し<ref>奥西は訳註において、イスファンディヤールと敵対しているロスタムを守るシームルグは、イスファンディヤールから見れば敵となることから、善と悪の2羽のシームルグがいるとするヘダーヤトの説明に異議を述べている。</ref><ref>ヘダーヤト,奥西訳註 (1999)、320頁(訳註68)。</ref><ref>ヘダーヤト,奥西訳註 (1999)、313頁。</ref><ref>カーティス,薩摩訳 (2002)、90-91頁。</ref>、剣でその体をバラバラにしたところ、飛び散った羽根が山々の間の平野を埋めたという。
==== 伝播 ====
アラブには、シームルグに相当する霊鳥'''アンカ'''がいる。
'''セマルグル'''<ref>伊藤 (2002)では'''セマルグル'''。中堀 (2014) では'''セマールグル'''。ワーナー,斎藤訳 (2004)では '''シマリグル'''。清水 (1995)では'''シマルィグル'''。</ref>(Semargl, Симаргл, Семаргл、または'''シマルグル''' (Simargl))は、スラヴ神話の神である。グリフォンに似た姿で表現されている<ref>中堀 (2014), p.300.</ref>。
シマルグルまたはセマルグルは、東スラブ神話に登場する神または神話上の生き物で、翼のあるライオンまたは犬として描かれている。妻は夜の女神クパルニツァである。また、クパロとコストローマの父でもある。ゾリャス(ダジボーグ神の従者または娘である太陽の女神)は、セマルグルが脱走して星座を破壊し、世界を終わらせないように、こぐま座の北極星に鎖でつないでいる。セマルグルはスキフの父であり、サイティアの建国者でもある。
セマルグルの名前は、アヴェスター語やパフラヴィー語、ペルシア語で「聖なる鳥」を意味する単語に由来している。ウラジーミル1世の、キリスト教導入以前の宗教政策において、スラヴ外から持ち込まれた神であり、その起源はイラン神話に登場するシームルグである。キエフやリャザンで見つかった、12世紀から13世紀頃のものと考えられている銀製の腕輪には、体が鳥と動物の要素の入り交じった生き物が彫刻されたものがあるが、一部の研究者はその生き物をセマルグルだと考えている。その生き物は、古代ペルシアで作られた金製または銀製の皿に彫刻されたシームルグに似ている<ref>ワーナー,斎藤訳 (2004), p.22.</ref>。
キエフの丘に祀られた神々の1柱であり<ref>清水 (1995), p.49.</ref>、しばしば女神モコシと関連付けられ、農耕と植物の生育にかかわる神だとされる。一方、寒気と霜の神という説もある<ref>清水 (1995), p.47.</ref>。
これとは逆にその名を「七つの頭」と解して、ペルーン・ダジボーグ・モコシ・ストリボーグ・ホルスなどの7柱の神を統合させた存在であるとする説もある<ref>伊藤 (2002), p.54.</ref>。
=== ガルダ ===
'''ガルダ'''('''गरुड''', '''Garuḍa''')は、インド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥。ガルダはサンスクリットやヒンディー語による名称で、パーリ語では'''ガルラ'''('''Garuḷa''')、英語やインドネシア語などでは'''ガルーダ'''という。カシュヤパとヴィナターの息子で、ヴィシュヌのヴァーハナ(神の乗り物)である。