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、 2022年8月16日 (火) 00:42
[[ファイル:Typhon Staatliche Antikensammlungen 596.jpg|thumb|280px|ヒュドリアに描かれた有翼型のテューポーン/紀元前540年頃~紀元前530年頃のカルキディア黒絵式壺絵。ドイツはミュンヘンの州立古代美術博物館(Staatliche Antikensammlungen)所蔵。]]
[[ファイル:Zeus Typhon Staatliche Antikensammlungen 596.jpg|thumb|280px|上のヒュドリアを少し角度を変えて見る。最高神[[ゼウス]](左)が怪物テューポーンに対峙しており、雷霆の一撃を加えようと右腕を振りかざしている。]]
[[ファイル:Typhon Foot Element, about 500-480 BC, Etruscan, bronze - Cleveland Museum of Art - DSC08246.JPG|thumb|220px|[[エトルリア]]出土のテューポーンの[[ブロンズ像]]/[[紀元前500年]]頃~[[紀元前480年]]頃の作。[[クリーブランド美術館]]所蔵。]]
[[ファイル:Wenceslas Hollar - The Greek gods. Tryphon.jpg|thumb|220px|{{仮リンク|ヴェンツェスラウス・ホラー|en|Wenceslaus Hollar}} "''Typhon''" /17世紀のヨーロッパ人がイメージしたテューポーン。従えているのは[[ハルピュイア]]。]]
'''テューポーン'''({{small|[[古代ギリシア語]]:}}{{lang|grc|'''Τυφών'''}}〈{{small|[[ラテン文字|ラテン]][[翻字]]:}}{{lang|el|Tȳphōn}}, {{small|[[ラテン語]]:}}{{Lang|la|Typhon}}〉{{small|※以下同様}})、'''テューポース'''({{lang|grc|'''Τυφώς'''}}〈{{lang|el|Tȳphōs}}, {{Lang|la|Typhos}}〉)、あるいは'''テュポーエウス'''({{lang|grc|'''Τυφωεύς'''}}〈{{lang|el|Typhōeus}}, {{Lang|la|Typhoeus}}〉)は、[[ギリシア神話]]に登場する、[[神]]とも[[怪物]]ともいわれる[[巨人 (伝説の生物)|巨人]]。同神話体系における最大最強の怪物で、神々の王[[ゼウス]]に比肩するほどの実力をもち、そのゼウスを破った唯一の存在でもある。
[[日本語]]では、[[長母音]]を省略して「'''テュポン'''」「'''テュポーン'''」「'''テュポエウス'''」「'''テュフォン'''」「'''ティフォン'''(※[[現代ギリシャ語]]ではこの読み方が最も近い)」などとも表記される。
== 出自 ==
出自に関してはさまざまな異伝があるが、最も有名なのは[[地母神|大地母神]][[ガイア]]と[[タルタロス]]との間の子で、ゼウスに対するガイアの怒りから生まれたとするものである<ref>ヘーシオドス、820行-822行。</ref>{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}。一説ではガイアに[[ゼウス]]の暴虐を訴えられた[[ヘーラー]]が、彼を懲らしめるために[[クロノス]]からもらった卵から生まれたとする説や<ref>『イーリアス』2巻への古註(沓掛訳注『ホメーロスの諸神讃歌』p. 186)。</ref>、ヘーラーが1人で生んだという説もある<ref>[[ステーシコロス]]断片(『大語源書』による引用。沓掛訳注『ホメーロスの諸神讃歌』 p, 186)</ref><ref>『ホメーロス風讃歌』「アポローン讃歌」306行-352行。</ref>。後者の説では[[ピュートーン]]がヘーラーから受け取って養育したという話である<ref>『ホメーロス風讃歌』「アポローン讃歌」304行-305行。</ref><ref>『ホメーロス風讃歌』「アポローン讃歌」353行-355行。</ref>。
== 姿形 ==
巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界の東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じであるが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない<ref>ヘーシオドス、823行-834行。</ref>。肩からは百の[[蛇]]の頭が生え<ref>ヘーシオドス、825行。</ref>{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた<ref>ヘーシオドス、827行-828行。</ref>{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}。またあらゆる種類の声を発することができ、声を発するたびに山々が鳴動したという<ref>ヘーシオドス、829行-835行。</ref>。古代の壷絵では[[鳥]]の翼を持った姿が描かれている。
== 怪物の父 ==
テューポーンは不死の怪女[[エキドナ]]を妻とし、数多くの怪物の父親になった。[[ヘーシオドス]]の『[[神統記]]』によればテューポーンの子供は[[オルトロス]]、[[ケルベロス]]、[[ヒュドラー]]、[[キマイラ]]だが、のちに多くの怪物がテューポーンとエキドナの子供とされた。[[アポロドーロス]]では[[ネメアーの獅子]]{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第2巻 5・1}}、不死の百頭竜([[ラードーン]]){{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第2巻 5・11}}、[[プロメーテウス]]の肝臓を喰らう不死の[[ワシ]]{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第2巻 5・11}}、[[スフィンクス|スピンクス]]{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第3巻 5・8}}、[[パイア]]{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=摘要 (E) 1・2}}、[[ヒュギーヌス]]においてはさらに[[ゴルゴーン]]や[[金羊毛]]の守護竜、[[スキュラ]]をもテューポーンの子供に加えている{{Sfnp|ヒュギーヌス・松田ら|2005|loc=第151話}}。テューポーンはまた、多くの荒々しい風を生んだともいわれる<ref>ヘーシオドス、869行。</ref>。
== ゼウスとの死闘 ==
[[ファイル:Jebel Aqra (Kel Dağı, Mount Casius), 2008.jpg|thumb|200px|[[トルコ]]から見た{{仮リンク|カシオス山|en|Jebel Aqra}}。ゼウスとテューポーンが戦った舞台の一つと伝えられている。]]
[[ファイル:Corykian Cave, exterior aspect showing cave opening and mountain slope.JPG|thumb|200px|ゼウスが幽閉されたとされる[[デルポイ]]の{{仮リンク|コーリュキオン洞窟|en|Corycian Cave}}。]]
[[ファイル:Haemus.jpg|thumb|200px|ハイモス山(バルカン山脈)]]
[[ファイル:Valle del Bove (1999552567).jpg|thumb|200px|火を噴く[[エトナ山]]]]
ゼウスら[[オリュンポス]]の神々は、[[ティーターノマキアー]]と[[ギガントマキアー]]に連勝し、思い上がり始めていた。ガイアにとっては[[ティーターン]]たちも[[ギガース]]たちも、わが子である。それゆえ、これを打ち負かしたゼウスに対して激しく怒りを覚えたガイアは、末子のテューポーンを産み落とした。テューポーンはやがてオリュンポスに戦いを挑んだ。
=== ヘーシオドス(神統記) ===
ヘーシオドスはテューポーンとゼウスの戦いの激しさを詳しく描いている。テューポーンの進撃に対し、ゼウスが[[雷鳴]]を轟かせると、大地はおろか[[タルタロス]]まで鳴動し、足元の[[オリュムポス]]は揺れた。ゼウスの雷とテューポーンの火炎、両者が発する熱で大地は炎上し、天と海は煮えたぎった。さらに両者の戦いによって大地は激しく振動し、冥府を支配する[[ハーデース]]も、タルタロスに落とされたティーターンたちも恐怖したという。
しかしゼウスの雷霆の一撃がテューポーンの100の頭を焼き尽くすと、テューポーンはよろめいて大地に倒れ込み、身体は炎に包まれた。この炎の熱気は[[ヘーパイストス]]が熔かした鉄のように大地をことごとく熔解させ、そのままテューポーンをタルタロスへ放り込んだ<ref>ヘーシオドス、840行-868行。</ref>。
=== アポロドーロス(ビブリオテーケー) ===
対してアポロドーロスはテューポーンとゼウスの戦いの全貌を次のように語っている。テューポーンはオリュムポスに戦いを挑み、天空に向けて突進した。迫りくるテューポーンを見た神々は恐怖を感じ、動物に姿を変えて[[エジプト]]に逃げてしまったという{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}。それゆえ、エジプトの神々は動物の姿をしているともいわれる。
これに対し、ゼウスは雷霆や[[ダイヤモンド|金剛]]の鎌を用いて応戦した。ゼウスは離れた場所からは雷霆を投じてテューポーンを撃ち、接近すると金剛の鎌で切りつけた。激闘の末、[[シリア]]の{{仮リンク|カシオス山|en|Jebel Aqra}}へ追いつめられたテューポーンはそこで反撃に転じ、ゼウスを締め上げて金剛の鎌と雷霆を取り上げ、手足の腱を切り落としたうえ、[[デルポイ]]近くの[[コーリュキオン洞窟]]<ref group="注">コーリュキオン洞窟({{lang-grc-short|Κωρύκιον ἄντρον}}〈Kōrykion antron;コーリュキオン・アントロン〉、[[:en:Corycian Cave]])</ref> に閉じ込めてしまう。そしてテューポーンはゼウスの腱を熊の皮に隠し、番人として半獣の竜女[[デルピュネー]]を置き、自分は傷の治療のために母ガイアの下へ向かった。
ゼウスが囚われたことを知った[[ヘルメース]]と[[パーン]]はゼウスの救出に向かい、デルピュネーを騙して手足の腱を盗み出し、ゼウスを治療した。力を取り戻したゼウスは再びテューポーンと壮絶な戦いを繰り広げ、深手を負わせて追い詰める。テューポーンはゼウスに勝つために運命の女神[[モイラ (ギリシア神話)|モイラ]]たちを脅し、どんな願いも叶うという「勝利の果実」を手に入れたが、その実を食べた途端、テューポーンは力を失ってしまった。実は女神たちがテューポーンに与えたのは、決して望みが叶うことはないという「無常の果実」であった。
敗走を続けたテューポーンは[[トラーキア]]で[[バルカン山脈|ハイモス山]](バルカン山脈)を持ち上げてゼウスに投げつけようとしたが、ゼウスは雷霆でハイモス山を撃ったので逆にテューポーンを押しつぶし、山にテューポーンの血がほとばしった。最後は[[シチリア|シケリア島]]まで追い詰められ、[[エトナ火山]]の下敷きにされた。以来、テューポーンがエトナ山の重圧を逃れようともがくたび、噴火が起こるという{{Sfnp|アポロドーロス・高津|1953|loc=第1巻 6・3}}。ゼウスはヘーパイストスにテューポーンの監視を命じ、ヘーパイストスはテューポーンの首に[[金床]]を置き、鍛冶の仕事をしているという{{Sfnp|アントーニーヌス・安村|2006|loc=第28話}}。ただし、シケリア島に封印されているのは[[エンケラドス]]とする説もある。
=== 変身譚 ===
アポロドーロスはテューポーンに恐れをなした神々が動物に姿を変えてエジプトに逃亡したことについて触れているが、何人かの作家はこの伝承についてより具体的に語っている。[[オウィディウス]]によると、ゼウスは牡羊に、[[アポローン]]は[[カラス]]に、[[ディオニューソス]]は牡山羊に、[[アルテミス]]は[[猫]]に、ヘーラーは白い牝牛に、ヘルメースは[[トキ亜科|朱鷺]]に変身した{{Sfnp|オウィディウス・中村|1981|loc=第5巻 318-358行}}。
[[アントーニーヌス・リーベラーリス]]によると、アポローンは[[鷹]]に、ヘルメースは[[コウノトリ]]に、[[アレース]]は魚に、アルテミスは猫に、ディオニューソスは牡山羊に、[[ヘーラクレース]]は小鹿に、ヘーパイストスは牡牛に、[[レートー]]は[[トガリネズミ]]に変身した{{Sfnp|アントーニーヌス・安村|2006|loc=第28話}}。{{要出典範囲|なお、[[パーン (ギリシア神話)|パーン]]神 (Pan) は、恐慌のあまり上半身が[[ヤギ]]で下半身が魚に化けるという醜態をさらした。この恐慌ぶりの伝承が、{{lang|en|panic}} (パニック)の由来といわれている|date=2017年11月}}。
== 語源学 ==
* 語源学的記述のルール:[ {{small|en}}: α < {{small|non}}: β {{sup|1380}} (=''a, b''、イ、ロ) < {{small|pie}}: {{sup|*}}γ ]は「 en (英語) αは non ([[古ノルド語]]) βから派生、βはαの語源。βの[[wikt:初出#名詞:しょしゅつ|初出]]は1380年。βを英訳するとa,bで和訳(※βの和訳、もしくは a,bの和訳)するとイ、ロ。pie ([[インド・ヨーロッパ祖語]]) γはβの語源であるが、{{sup|*}}付きということで学術的[[逆成]]語。すなわち、β以降の派生語や比較言語の知見から復元されている。」と読む。
=== Τυφῶν ===
[[語源学]]や[[比較言語学]]によれば、[[古代ギリシア語]] "{{lang|grc|[[wikt:en:Τυφῶν|'''Τυφῶν''']]}} ({{ラテン翻字|el|Tȳphōn}})"、すなわち怪物「テューポーン」を意する[[固有名詞]]は、直接には「[[塵旋風|旋風]]」を意する語 "{{lang|grc|τύφων}} ({{ラテン翻字|el|tȳphōn}})" に由来し{{r|OED_typhoon}}、最終的には[[逆成]]の[[インド・ヨーロッパ祖語]] "{{lang|pie|dʰewh₂-}}" にまで遡れる可能性がある{{r|OED_dheu-|OED_typhus}}。ここで想定された語源は「[[埃]](ほこり)…」「[[靄]](もや)…」「[[煙]]…」などを意する[[接頭辞]]である{{r|OED_dheu-}}。
* [ {{small|[[古代ギリシア語|grc]]}}: Τυφῶν({{ラテン翻字|el|Tȳphōn}} 生物等の固有名)< τύφων ({{ラテン翻字|el|tȳphōn}} =''[[wikt:en:whirlwind|whirlwind]]'' ) < τύφύς ({{ラテン翻字|el|tȳphus}} =''to smoke'' ) < {{small|[[インド・ヨーロッパ祖語|pie]]}}: {{sup|*}}{{lang|pie|dʰewh₂-}} (=''[[wikt:en:dust|dust]], [[wikt:en:vapor|vapor]], [[wikt:en:smoke|smoke]]'' ) ]{{r|OED_typhoon|OED_typhus|OED_dheu-}}
=== typhoon ===
[[ファイル:Hagupit Dec 04 2014 0100Z.png|thumb|200px|[[:en:Typhoon Hagupit (2014)|Typhoon Hagupit (2014)]]([[平成26年台風第22号]])]]
[[英語]]で「[[台風]]」を意する "[[wikt:en:typhoon|'''typhoon''']]({{IPA-en|/taɪfu:n/}}〈{{small|日本語[[wikt:音写|音写]]例:}}'''[[タイフーン]]'''〉)" の{{r|OED_Typhon}}直接的語源は[[初期近代英語]]の "touffon" で{{r|OED_typhoon}}、これは、[[インド]]を中心として[[アジア]]各地を[[貿易]]して廻った[[ヴェネツィア共和国|ヴェネツィア]]商人で旅行家の[[チェーザレ・フェデリチ]] ([[:en:Cesare Federici|Cesare Federici]]、英語表記:M. Caesar Fredericke)が[[1588年]]に著した[[航海日誌]]を[[イギリス人]]トーマス・ヒッコック (Thomas Hickock) が[[翻訳]]した "''The voyage and trauell of M. Caesar Fredericke, Marchant of Venice, into the East India, and beyond the Indies''" に初出している{{r|OED_typhoon|EEB_Cesare}}。そして、この語は[[1560年]]ごろまでに初出の[[ポルトガル語]] "[[wikt:en:tufão|tufão]]({{IPA-pt|/tu.ˈfɐ̃w̃/}}〈{{small|日本語音写例:}}トゥファン〉)" に由来すると考えられており、この語が意するところは「嵐」「暴風雨」「([[太平洋]]の[[気象]]現象としての)台風」である。さらに、"tufão" の由来は[[アラビア語]] "{{lang|ar|[[wikt:en:طوفان|طوفان]]}}({{IPA-ar|ṭūfān}}〈{{small|日本語音写例:}}トゥーファーン〉)" に求められ、「嵐」「台風」その他を意味している。この語 "{{lang|fa|طوفان}}" をさらに遡った先に最終的な語源と考えられる[[広東語]]「[[wikt:en:大風|大風]]({{small|[[拼音]]:}}daai{{sup|6}} fung{{sup|1}}〈{{small|日本語音写例:}}タァーイフーン {{IPA-ja|/ta:ɪfu:n/}}〉)」がある{{r|OED_typhoon}}。{{r|JSA}}
* ここまでのまとめ[ {{small|[[英語|en]]}}: typhoon < {{small|[[初期近代英語|early modern English]]}}: touffon {{sup|1588}} (=''typhoon'') < {{small|[[ポルトガル語|pt]]}}: {{lang|pt|tufão}} ({{IPA-pt|/tu.ˈfɐ̃w̃/}} =''weather phenomenon in the Pacific'' ) < {{small|[[アラビア語|ar]]}}: {{lang|ar|طوفان}} ({{IPA-ar|ṭūfān}} =''storm, deluge, inundation, typhoon'' ) < {{small|[[広東語|yue]]}}: {{lang|zh|大風}} (daai{{sup|6}}fung{{sup|1}} =''typhoon'' ) ]
そして、これらの経緯のどこかに以下に挙げる語が発音なり綴りなりの形で影響した可能性が指摘されている。
* ギリシア神話の怪物 "{{lang|grc|[[wikt:en:Τυφῶν|Τυφῶν]]}} ({{ラテン翻字|el|Tȳphōn}}〈{{small|日本語音写例:}}テューポーン〉)" {{r|OED_typhoon}}。
* [[シリア語]] "{{lang|syc|[[wikt:en:ܛܘܦܢܐ|ܛܘܦܢܐ]]}}({{IPA|ṭawpānā}}{{IPA|ṭōpānā}}〈{{small|日本語音写例:}}タウパーナー、トーパーナー〉)" {{r|Twpn}}。この語は上述したアラビア語 "{{lang|fa|طوفان}}" の語源とされているが、その語義は「伝説の[[大洪水]]」「[[洪水]]」「[[浸水]]」である{{r|J.Payne-Smith|Twpn}}。台風と懸け離れているように見えて、大きな嵐とこれらの自然災害は[[コーラン]]を通じて[[連想]]的に繋がっているという{{r|OED_typhoon}}。
== 解釈 ==
=== ヘーシオドスの神話 ===
ゼウスの王権確立とその正当性を讃えた『神統記』は、テューポーンとの戦いに勝利した後にゼウスの王権継承と、女神たちとの結婚が歌われて幕を閉じる。ティーターンとの戦いでは[[ヘカトンケイル]]の力を借りて勝利したゼウスが、自らの力でテューポーンを倒すことで新しい秩序を確立することが語られているのである{{Sfnp|ヘシオドス・廣川|1984|loc=解説, pp. 177-178}}{{Sfnp|ヘシオドス・中務|2013|loc=解説, pp. 474-475}}。ヘーシオドスによればゼウスの王権には[[プロメーテウス]]<ref>ヘーシオドス、521行以下。</ref> や[[メーティス]]の子供などの危機が存在した<ref>ヘーシオドス、886行-900行。</ref>。テューポーンとの闘争についても、ゼウスがテューポーンの誕生に気づかなかったなら、テューポーンは人間と神々の上に君臨したに違いないとさえ歌っている<ref>ヘーシオドス、836行-838行。</ref>。しかし、ゼウスは致命的な事態に陥ることなくこれを迎え討ち、勝利する。そこで歌われているのは潜在的な危機を回避するゼウスの全知性と、テューポーンに勝利する強大さであり、『神統記』で一貫しているゼウスの優位性を示すというヘーシオドスの意図の中に、テューポーンとゼウスの闘争神話も組み込まれている{{Sfnp|ヘシオドス・廣川|1984|loc=解説, pp. 177-178}}。
=== ゼウスの去勢 ===
しかしゼウスのテューポーンに対する優位性は他の文献でも見られるわけではなく、特にテューポーンがゼウスを無力化するアポロドーロスの物語は、[[ウーラノス]]がクロノスによって[[去勢]]されたように、テューポーンによるゼウスの去勢を物語っていると指摘されている。古典学者{{仮リンク|アーサー・バーナード・クック|en|Arthur Bernard Cook}}は大著『ゼウス(原題:''Zeus: A Study In Ancient Religion'' )』(1914-1925年刊)において、テューポーンがゼウスの鎌を奪ってゼウスの手足の腱を切除する神話は、ゼウスの去勢を婉曲的に表現したものであると結論している{{Sfnp|ドゥヴルー・加藤|1994|pp=151, 383-384}}。またクックはゼウスも自分の子供によって去勢され、廃位される運命にあると考えている{{Sfnp|ドゥヴルー・加藤|1994|pp=162, 189}}。
=== ヒッタイト神話との類似 ===
こうしたギリシア神話の王権争奪神話およびゼウスとテューポーンの闘争は、[[フルリ人]]の影響を強く受けた[[ヒッタイト神話]]と多くの類似点が認められる。ヒッタイト神話では4代にわたる王権争奪神話が語られている。
まず、天空の最高神[[アラル (神)|アラル]]は天空神[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]に敗れて逃亡する。その9年後、今度はアヌ神に叛旗を翻した我が子{{仮リンク|クマルビ|en|Kumarbi}}が父神の[[男性器]]を噛みちぎって[[去勢]]する。その際、クマルビは呑み込んだ物によって3柱ないし5柱の怖ろしい神を[[妊娠|身籠る]]であろうとアヌは[[予言]]した。これを聴いてクマルビは吐き出そうとするが、しかし、クマルビの体内ではすでに天候神{{仮リンク|テシュブ|en|Teshub}}が成長している。やがて生まれたテシュブはクマルビと戦って打ち負かし、廃位させる。王権を奪われたクマルビは巨岩との間に巨人[[ウルリクムミ]]を儲け、海で秘密裡に育てて復讐しようとする。神々はウルリクムミの巨大な姿に恐怖するが、[[エンキ|エア]]神の助言により、天地を切り離した[[鋸]]でウルリクムミの足を切断した。
ヒッタイト神話の天空神アラルに相当する神はギリシア神話には見当たらないが、反旗を翻した我が子クマルビに去勢されるアヌは反旗を翻した我が子クロノスに去勢される[[ウーラノス]]と、アヌに叛乱を起こすクマルビはウーラノスに叛乱を起こす[[クロノス]]と、クマルビに叛乱を起こすテシュブはクロノスに叛乱を起こす[[ゼウス]]と、神々を脅かす巨人ウルリクムミは神々を脅かす巨人テューポーンと、それぞれに対応している{{Sfnp|ヘシオドス・中務|2013|loc=解説, pp. 475-476}}{{Sfnp|ドゥヴルー・加藤|1994|pp=131-132}}。また、この物語に登場するハジ山は{{仮リンク|カシオス山|en|Jebel Aqra}}のことである{{Sfnp|ヴィカンデル・前田|1997|loc=「ウラノスの後裔たちの歴史」}}{{Sfnp|グレーヴス・高杉|1962|loc=36・4}}。しかしながら、ヒッタイト神話がどのようにしてギリシアに伝わったかは今のところ不明である。
== 系図 ==
{{ポントスの系図}}
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2|
<ref name=OED_Typhon>{{Cite web |title=Typhon |url=https://www.etymonline.com/word/Typhon#etymonline_v_49690 |publisher=[[オンライン・エティモロジー・ディクショナリー|Online Etymology Dictionary]] |website=official website |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=OED_typhoon>{{Cite web |title=typhoon (n.) |url=https://www.etymonline.com/word/typhoon#etymonline_v_18890 |publisher=Online Etymology Dictionary |website=official website |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=OED_typhus>{{Cite web |title=typhus |url=https://www.etymonline.com/word/typhus |publisher=Online Etymology Dictionary |website=official website |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=OED_dheu->{{Cite web |title=*dheu- (1) |url=https://www.etymonline.com/word/*dheu-?ref=etymonline_crossreference#etymonline_v_53808 |publisher=Online Etymology Dictionary |website=official website |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=JSA>{{Cite web |author= |date= |title=220 「台風」の語源はアラビア語? - 海運雑学ゼミナール |url=https://www.jsanet.or.jp/seminar/text/seminar_220.html |publisher=一般社団法人 [[日本船主協会]] (JSA) |website=公式ウェブサイト |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=EEB_Cesare>{{Cite web |title=Federici, Cesare. The voyage and trauaile of M. Cæsar Frederick, merchant of Venice, into the East India, the Indies, and beyond the Indies. |url=https://quod.lib.umich.edu/e/eebo/A00611.0001.001?view=toc |website=Early English Books Online |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=Twpn>{{Cite web |title=ṭwpn, ṭwpn |url=http://cal.huc.edu/oneentry.php?lemma=Twpn+N&cits=all |publisher=[[ヘブライ・ユニオン・カレッジ|Hebrew Union College]] |work=The Comprehensive Aramaic Lexicon Project |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
<ref name=J.Payne-Smith>{{Cite book |last=Payne Smith |first=Jessie |author=Jessie Payne Smith |date=1903 |title=A Compendious Syriac Dictionary Founded Upon the THESARUS SYRIACUS of R. Payne Smith, D.D. |url=http://www.dukhrana.com/lexicon/PayneSmith/index.php?p=170&l=0 |location=[[オックスフォード|Oxford]] |publisher=[[オックスフォード大学出版局|Oxford University Press]] |page=170a |accessdate=2020-04-29 }}</ref>
refs=}}
== 参考文献 ==
=== 古典翻訳書 ===
*<!--アポロドーロス-->{{Cite book |和書 |author=アポロドーロス|authorlink=アポロドーロス |translator=[[高津春繁]]{{space}} |date=1953-04-01 |title=アポロドーロス ギリシア神話 |url=https://www.iwanami.co.jp/book/b270764.html |publisher=[[岩波書店]] |series=[[岩波文庫]] 赤110-1 |oclc=673620753 |asin=B075CNJG4K |ref={{SfnRef|アポロドーロス・高津|1953}} }}ISBN 4-00-321101-4、ISBN 978-4-00-321101-4。
** 改版:{{Cite book |和書 |author=アポロドーロス |translator=高津春繁{{space}} |date=1994-04-18 |title=ギリシア神話 |edition=改版 |publisher=岩波書店 |series=ワイド版岩波文庫 132 |oclc=675665182 |ref={{SfnRef|アポロドーロス・高津|1994}} }}ISBN 4-00-007132-7、ISBN 978-4-00-007132-1。
*<!--アントーニーヌス-->{{Cite book |和書 |author=アントーニーヌス・リーベラーリス|authorlink=アントーニーヌス・リーベラーリス |translator=[[安村典子]]{{space}} |date=2006-03-11 |title=メタモルフォーシス ギリシア変身物語集 |publisher=[[講談社]] |series=[[講談社文芸文庫]] リA1 |oclc=675628037 |ref={{SfnRef|アントーニーヌス・安村|2006}} }}ISBN 4-06-198436-5、ISBN 978-4-06-198436-3。
*<!--オウィディウス-->{{Cite book |和書 |author=オウィディウス|authorlink=オウィディウス |translator=[[中村善也]]{{space}} |date=1981-09-16 |title=オウィディウス [[変身物語]](上)|edition=第15刷版 |publisher=岩波書店 |series=岩波文庫 |oclc=673328479 |ref={{SfnRef|オウィディウス・中村|1981}} }}ISBN 4-00-321201-0、ISBN 978-4-00-321201-1。
*<!--ヒュギーヌス-->{{Cite book |和書 |author=ヒュギーヌス|authorlink=ヒュギーヌス |translator=[[松田治]]・青山照男{{space}} |date=2005-02-11 |title=ギリシャ神話集 |url=https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000151286 |publisher=[[講談社]] |series=[[講談社学術文庫]] 1695 |oclc=676022179 |asin=B01N1U8SAG |ref={{SfnRef|ヒュギーヌス・松田ら|2005}} }}ISBN 4-06-159695-0、ISBN 978-4-06-159695-5。
*<!--ヘシオドスなかつかさ-->{{Cite book |和書 |author=ヘシオドス |translator=[[中務哲郎]]{{space}} |date=2013-05-10 |title=ヘシオドス 全作品 |publisher=[[京都大学学術出版会]] |series=[[西洋古典叢書]] G078 |oclc=844898284 |ref={{SfnRef|ヘシオドス・中務|2013}} }}ISBN 4-87698-280-5、ISBN 978-4-87698-280-6。
*<!--ヘシオドスひろかわ-->{{Cite book |和書 |author=ヘシオドス|authorlink=ヘシオドス |translator=[[廣川洋一]]{{space}} |date=1984-01-17 |title=[[神統記]] |publisher=岩波書店 |series=岩波文庫 32-107-1 |oclc=673638673 |asin=B000J78ESY |ref={{SfnRef|ヘシオドス・廣川|1984}} }}ISBN 4-00-321071-9、ISBN 978-4-00-321071-0。
*<!--ホメーロスくつかけ-->{{Cite book |和書 |author=ホメーロス|authorlink=ホメーロス |translator=[[沓掛良彦]]{{space}} |date=2004-07-08 |title=ホメーロスの諸神讃歌 |publisher=[[筑摩書房]] |series=[[ちくま学芸文庫]] |oclc=674923463 |ref={{SfnRef|ホメーロス・沓掛|2004}} }}ISBN 4-480-08869-5、ISBN 978-4-480-08869-7。
=== 古典翻訳書以外 ===
*<!--ヴィカンデル-->{{Cite book |和書 |author=スティグ・ヴィカンデル|authorlink=スティグ・ヴィカンデル |editor=前田耕作 監修・編集|editor-link=前田耕作 |others=檜枝陽一郎、中村忠男、与那覇豊 共訳 |date=1997-11-01 |title=アーリヤの男性結社 : スティグ・ヴィカンデル論文集 |publisher=[[言叢社]] |oclc=675268602 |ref={{SfnRef|ヴィカンデル・前田|1997}} }}ISBN 4-905913-60-8、ISBN 978-4-905913-60-3。
** 原著:{{Cite book |last=Wikander |first=Stig |author=Stig Wikander |authorlink=:en:Stig Wikander |date=1938 |title=Der arische Männerbund : Studien zur indo-iranischen Sprach- und Religionsgeschichte |location=[[ルンド|Lund]] |publisher=Hakan Ohlssons Buchdruckerei |language=de |oclc=602310006 |ref={{SfnRef|Wikander|1938}} }}
*<!--グレーヴス-->{{Cite book |和書 |author=ロバート・グレーヴス|authorlink=ロバート・グレーヴス |translator=[[高杉一郎]]{{space}} |date=1962-01-01 |title=ギリシア神話(上巻)|origdate=1955 |publisher=[[紀伊国屋書店]] |asin=B000JALCZ8 |ref={{SfnRef|グレーヴス・高杉|1962}} }}ISBN 4-314-00020-1、ISBN 978-4-314-00020-8。
** 原著:{{Cite book |last=Graves |first=Robert |author=Robert Graves |authorlink=ロバート・グレーヴス |date=1955 |title=[[ギリシア神話 (ロバート・グレーヴス)|The Greek Myths]] |edition=first |location=[[ボルチモア|Baltimore]] |publisher=[[ペンギン・ブックス|Penguin Books]] |series=Penguin Books |language=en |oclc=656544 |ref={{SfnRef|Graves|1955}} }}
*<!--こうづ-->{{Cite book |和書 |author=高津春繁|authorlink=高津春繁 |date=1960-02-25 |title=ギリシア・ローマ神話辞典 |publisher=岩波書店 |oclc=673270671 |ref={{SfnRef|高津|1960}} }}ISBN 4-00-080013-2、ISBN 978-4-00-080013-6。
*<!--ドゥヴルー-->{{Cite book |和書 |author=ジョルジュ・ドゥヴルー |authorlink=:en:George Devereux |translator=加藤康子{{space}} |date=1994-12-01 |title=女性と神話―ギリシア神話にみる両性具有 |origdate=1982-01-01 |publisher=[[新評論]] |oclc=47316343 |ref={{SfnRef|ドゥヴルー・加藤|1994}} }}ISBN 4-7948-0235-8、ISBN 978-4-7948-0235-4。
** 原著:{{Cite book |last=Devereux |first=George |author=George Devereux |authorlink=:en:George Devereux |date=01 January 1982 |title=Femme et mythe |edition=French |location=[[パリ|Paris]] |publisher=[[:en:Groupe Flammarion|Groupe Flammarion]] |series=Nouvelle bibliothèque scientifique |language=fr |oclc=758101608 |ref={{SfnRef|Devereux|1982}} }}{{spaces}}ISBN 2082111350, ISBN 978-2082111355.
== 関連項目 ==
* [[ユミル]]
* [[ウルリクムミ]]
* [[ラダマンティス]]
== 参照 ==
{{DEFAULTSORT:てゆうほおん}}
[[Category:ギリシア神話]]
[[Category:風神]]
[[Category:男神]]
[[Category:巨人]]
[[Category:ユミル系]]