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62 バイト除去 、 2025年2月11日 (火)
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<blockquote>即<small>(すなは)</small>ち物部連<small>(もののべのむらじ)</small>の祖<small>(おや)</small>伊香色雄<small>(いかがしこを)</small>をして、神班物者(かみのものあかつひと=神に捧げる物を分かつ人)</small>にせむと<small>卜(うらな)</small>ふに、吉<small>(よ)</small>し。又<small>(また)</small>、便<small>(たより)</small>に(=ついでに)他神<small>(あたしかみ)</small>を祭らむと<small>卜(うらな)</small>ふに、吉<small>(よ)</small>からず。
(そこで、物部連の先祖伊香色雄を神班物者(かみのものあかつひと)にしようと占うと吉(よ)しと出て、またついでに他神を祭ろうと占うに、吉(よ)からずと出た。)訳:宇治谷孟(そこで、物部連の先祖伊香色雄を'''神班物者'''(かみのものあかつひと)にしようと占うと吉(よ)しと出て、またついでに他神を祭ろうと占うに、吉(よ)からずと出た。)訳:宇治谷孟<ref>『日本書紀』崇神天皇7年8月7日条</ref></blockquote>
その後、天皇は伊香色雄に命じて、物部のように沢山ある平瓮(ひらか)を祭神之物(かみまつりもの=神祭の供物)とされ、大田田根子を大物主大神の祭主にし、市磯長尾市を倭大国魂神の祭主にした、という。これにより、疫病は収まり、国内も鎮まり、五穀が実って、百姓は賑わった<ref>『日本書紀』崇神天皇7年11月13日条</ref>。
** 宇治谷孟訳『日本書紀』全現代語訳(上)、講談社学術文庫、1988年
** 井上光貞『日本の歴史1 神話から歴史へ』中央公論社、1965年
* [[佐伯有清]]編 『日本古代氏族事典【新装版】』[[雄山閣]]、2015年* 佐伯有清編 『日本古代氏族事典【新装版】』雄山閣、2015年
== 関連項目 ==
* [[物部十千根]]* [[飛鳥時代以前の人物一覧]]
== 脚注 ==

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