『日本書紀』開化天皇紀によれば、第9代開化天皇と、和珥臣(和珥氏)遠祖の姥津命の妹の姥津媛(ははつひめのみこと)との間に生まれた皇子である<ref>彦坐王命(古代氏族), 2010年</ref>。同書における子女に関する記載は、垂仁天皇紀において[[丹波道主命]]が子である旨のみである(ただし丹波道主命は彦湯産隅王の子という異伝も併記)。
『古事記』崇神天皇段では、日子坐王は天皇の命によって旦波国(丹波国)に遣わされ、玖賀耳之御笠(くがみみのみかさ)を討ったという<ref>彦坐王命(古代氏族), 2010年</ref>/ref。。
== 参考文献 ==