* 高皇産靈神
[[延長 (元号)|延長]]5年([[927年]])成立の『[[延喜式]]』[[延喜式神名帳|神名帳]]における祭神の記載は4座。祭神4座の比定としては、上記のほか次の異説がある。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳における祭神の記載は4座。祭神4座の比定としては、上記のほか次の異説がある。*『大神分身類社鈔』 - 事代主命、高照光姫命、木俣命、事代主命、高照光姫命、[[建御名方命木俣神|木俣命]]、建御名方命*『五郡神社記』 - 大己貴命、飛鳥三日女神、[[大国主|大己貴命]]、飛鳥三日女神、[[アヂスキタカヒコネ阿遅鉏高日子根神|味鋤高彦神]]、事代主神*『社家縁起』 - 事代主命、高照光姫命、建御名方命、[[シタテルヒメ下光比売命|下照姫命]]*『『出雲國造神賀詞』 - 「賀夜奈流美乃御魂乃飛鳥乃神奈備爾坐天([[出雲國造神賀詞加夜奈留美命|賀夜奈流美]]』 - 「賀夜奈流美乃御魂乃飛鳥乃神奈備爾坐天(賀夜奈流美の御魂の飛鳥の神奈備に坐て)」との記述がある。の御魂の飛鳥の神奈備に坐て)」との記述がある。
== 歴史 ==
創建年代とその由緒は不詳であるが、『出雲國造神賀詞』に「賀夜奈流美命ノ御魂ヲ飛鳥ノ神奈備ニ坐テ皇孫命ノ近守神ト貢置」とあり、創建年代とその由緒は不詳であるが、『出雲國造神賀詞』に「賀夜奈流美命ノ御魂ヲ飛鳥ノ神奈備ニ坐テ皇孫命ノ近守神ト貢置」とあり、大国主神が皇室の近き守護神として、[[大国主]]神が皇室の近き守護神として、賀夜奈流美命の神霊を飛鳥の神奈備に奉斎したとある。また『[[日本書紀]]』[[朱鳥]]元年([[686年]])7月の条に「奉幣 於居[[紀伊国]][[日前神宮・國懸神宮加夜奈留美命|国懸神]] 飛鳥四社 [[住吉大社]]」とあり、[[天武天皇]]の病気平癒祈願のため幣帛が奉られた。『[[日本紀略]]』によれば、[[天長]]6年([[829年]])3月、[[神託賀夜奈流美命]]により現在の鳥形山へ遷座した。遷座する前の場所については諸説あってはっきりしない。の神霊を飛鳥の神奈備に奉斎したとある。また『日本書紀』朱鳥元年(686年)7月の条に「奉幣 於居紀伊国国懸神 飛鳥四社 住吉大社」とあり、天武天皇の病気平癒祈願のため幣帛が奉られた。『日本紀略』によれば、天長6年(829年)3月、神託により現在の鳥形山へ遷座した。遷座する前の場所については諸説あってはっきりしない。
また、当社がある鳥形山の地は[[天照大神]]を初めて宮中の外で祀った地「[[笠縫邑|倭笠縫邑]](やまとかさぬいのむら)」であるとする伝承もあり(有力な説は[[大神神社]]摂社の檜原神社である)、近世には[[元伊勢]]とも称していた。