サラアツ
サラアツとは台湾原住民のパイワン族チャオボオボル社の伝説上の女性頭目である[1]。やや巨人的な性質を持つ女神である。
目次
特徴
- 石の団扇を持っていた。団扇には人や豚などが彫刻されていた。
- 地震の起源。土地はサラアツが藤と葛で作った綱でしばりつけたもので、綱が腐っていないか確認するために確認したり、取り替えようとする際に地震が起きるのだという。
- ヘビを食べる。パイワン族は毒蛇をトーテムと考えて食さないが、サラアツはヘビを好んでヘビばかり食べていたという。その習慣を人々は恐れ、サラアツのところで食事するのを逃げて避けた。
- 3本の矛を武器として持つ。二本は男性で、一本は女性である。これらの矛は戦闘時に自動で戦う。
- ケヤキで作った大きな杖を持つ。
似た名の女神
サルツグ
サルツグという美女がいて、百歩蛇が結納を持ってきて婿入りした。子供が生まれると虹がかかり、婿と子供は林に帰ってしまった。その後村には干魃が起こり、穀菜は枯れ、人畜は多く死亡した。虹が婿と子を伴って帰ってくると、風雨が順調に生じ、人々は蘇生した。そこで、人々は初めて蛇を神霊として祀り、すみかの林を禁足地として保護した。[2]
サバジ
昔サバジという女性がいて、バラジュバジという海蛇と交わり子を産んだ。子供はみな蛇だったので行李の中に隠し、家に帰って肌身離さず持っていた。家人に「これは大切なものだから、わたしがいない時に手を触れないでくれ。」と言っておいたが、母がこれを怪しんで娘が不在のときに中を見てしまった。娘はこれを怒り、笠を被って家を出、母に「私の笠が見えなくなるまで見送ってくれ。」と言い残したので、母は山に登って見送った。娘は海に入り、波間に沈んでしまった。この因縁があるため、蛇に噛まれたときは、この家の後継者に祈祷を受けると癒えた、ということだ。[3]
私的考察
サルツグ、サバジはサラアツと「同じ女神」であって、彼女の夫は蛇神だったと考えられる。そして、夫婦の仲はやや破綻気味だったといえようか。古代エジプトの女神セルケトはサソリの刺傷や、蛇に噛まれた傷などを治すことができると考えられており、彼女は悪の神である大蛇アペプから神々を守るとよく言われていた。サバジの家系も蛇の毒から人々を守る能力があると考えられており、その性質はセルケト女神と一致すると考える。これらの女神群は、特にパイワン族は蛇トーテムなのだが、蛇神と時に対立する存在として扱われているようである。
サバジの場合、母親が「見るな」の禁忌を破っており、母親との対立がやや窺える。禁忌が破られて海に消えてしまう点は日本の豊玉毘売に類似している。
私的考察
国際的な広い範囲で考えて、この女神の名の子音から、この系統の女神は
- サソリの女神:セルケトなど
- 非業の死を遂げる女神:サティ、スドゥ(ニンリル)など
- 養母的な強力な女神:カフカスのサタナなど
- 男性形に転換:サートゥルヌス、セトなど
の主に4系統に分かれ、その性質には互いに交錯する部分かある。私が考える「吊された女神」が本来の姿であって、禁忌を破ったり、若くして非業の死を遂げる性質が、それに相当する。ただし「養母としての女神」と強力に習合する傾向があり、その場合は守護の女神としてのセルケトや、英雄の養母であるサタナが相当する。台湾のサラアツは強力な女頭目だが、禁忌を破るという不吉な性質がある。カフカスのサタナも影響力の強い能力を持っているが、常に善良なだけであるとは限らない性質を併せ持つ。サソリの女神としては、古代エジプトでは「良き女神」だが、中国の伝承でサソリ精といえば、「悪しき魔女」のような悪霊である。サラアツは非常に幅の広い性質を持つ女神群の一つの起源としての女神といえるのではないだろうか。
台湾の伝承には、パイワン族の一部に「チモ族」という食人の習慣があった、という部族が登場する。ヘビトーテムの人がヘビを食べるのは人肉食を行ったのと同じ意味を持つので、サラアツはチモ族に関連する女頭目ではないかと思う。彼女のトーテムは熊とサソリなのだろう。
特徴
- アイテムを持つ女神である。
サラアツは矛や杖をアイテムとして持つ。これらはおそらく「太陽女神が持つ針」が変化したものと考える。日本の伝承では鞭、矛が多い。西欧では「魔法使いの杖」に相当するのではないだろうか。
- 非業の死を遂げる女神である。
この場合は、夫に不定を疑われて火に身を投じたり、夫の後を追いかけて冥府に行ったり、いわゆるインドの「サティ(寡婦殉死)」に類する制度に関する女神であるように思う。
- その他
男性形に変換された神の性質から、農耕神や天候神の性質を持つことがあったのではないか、と想像される。
日本の伝承
日本の伝承でも、「吊された女神」と「養母としての女神」が強力に習合している場合があるが、どちらかといえば「養母としての女神」の性質が強く与えられており、太陽女神的な性質も強く、独特の発展を遂げているように思う。全体としては「ヘビを食べる女神」というよりも「ヘビ神」としての性質が強いように思う。
ヘビ肉を売る女
「大刀帯の陣に魚を売る媼の語(今昔物語集巻第三十一、本朝付雑事第三十一)」
昔、三条天皇が皇太子でいらっしゃった頃、帯刀の陣に干した魚を細かく切ったものを売りに来る女がいた。なかなか美味だったので、頻繁に購入していた。ある日、帯刀たちが北野で鷹狩りをして遊んでいると、女が鞭と蔀を持っているところに出会った。女が逃げ腰になるので調べたところ、女は鞭で藪を叩いてヘビを追い出し、ヘビを捕まえて調理し魚肉といって売っていたことが判明した。正体が判明しない魚の切り身をうかつに買って食べてはいけない、とこれを聞いた人々は言い合ったそうだ。
- 私的解説
日本の熊トーテム兼サソリトーテムの女神は「鞭」をアイテムとする場合がある。これは「サソリの毒針」を置き換えたものだろう。そして、これは太陽女神が持っているとされた「針」が変化したものでもあると考える。「鉾」がアイテムの場合も同様と考える。日本人はマムシを酒に漬けて飲んだりするので、現代の感覚では「ヘビを食べる」ことはそれほど気味の悪い感がないのだが、ただ頻繁に食べるものではないことも確かである。(個人的にはヘビを食べたことはない。でもそのような話は、特に子供の頃は身近なこととして頻繁に耳にしていた。)
好美女
好美女とは神道集における上野(群馬)一之宮・貫前神社の祭神とされる女神である。鉾をアイテムとして持ち、その点がサラアツと一致する。おそらく、かつては軍神的な女神と考えられていたのではないだろうか。現在は織物の女神としての性質が強い。
非業の死の変形パターン
ムルア・サテネ
ムルア・サテネとはインドネシア・ヴェマーレ族の女神で、ハイヌウェレという少女が殺されて芋に変えられたことを怒り、人間界を去ってしまう女神とされる。ヴェマーレ族とは、台湾原住民でいうところのパイワン族であり、根源的なトーテムは蛇かもしれないと考える。
ムルア・サテネの「ムルア」は中国での女媧に相当し、女媧とサラアツ女神が一体化する傾向にあることが分かる。いずれも「吊された女神」であり、若くして非業の死を遂げた女性がモデルであることが示唆される。
彼女が人間界を去ってしまうことは、「非業の死」を穏やかな表現に書き換えたものと考える。
参考文献
- 神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p407-410
関連項目
- サソリ
- クマ:サソリトーテムはクマトーテムと縁が深く、サソリ女神の多くはクマトーテムも兼ね備えていると考える。熊女神として表される場合には、特に日本の場合、「力持ちの女神」とされる場合が多いように感じる。
- 好美女:神道集における上野一之宮貫前神社の祭神である。サラアツ女神の日本版と考える。