[[ファイル:Longshan_cultures.png|thumb|500px|紀元前30世紀の黄河文明]]
[[ファイル:Linfen.png|thumb|370px|臨汾市の位置図]]
[[ファイル:ryumon.png|thumb|370px|図1、龍紋盤<br />1980年山西省襄汾県陶寺3072号墓出土、土製、彩色、高8.8cm、口径37cm、中国社会科学院考古研究所蔵<ref>[http://abc0120.net/words/abc2007100108.html 龍紋盤(龍山文化)]、考古用語辞典より</ref>]]
'''竜山文化'''(りゅうざんぶんか、龙山文化、Lóngshān wénhuà: ロンシャン・ウェンフア, 紀元前3000年頃-紀元前2000年頃)は、中国北部(華北)の黄河中流から下流にかけて広がる'''新石器時代'''後期の文化である。黒陶が発達したことから黒陶文化ともいう。
中国の新石器時代の人口は、龍山文化で一つのピークに達したが龍山文化の末期には人口は激減した。同時に墳墓の副葬品から高品質の卵殻陶・黒陶なども見られなくなった。
== 龍紋盤 ==
<bockquote>黒色に焼き上げた土器の内面に、赤色の顔料で手足のない細長い動物の図像を描いている。口から長く伸ばされた舌は、無数に枝分かれしている。頭に耳あるいは角のようなものがあることからすれば蛇ではない。龍と呼んでよいであろう。龍の意匠の起原を考えるうえで重要な資料の1つである。<ref>[http://abc0120.net/words/abc2007100108.html 龍紋盤(龍山文化)]、考古用語辞典より</ref></blockquote>
== 参考文献 ==
* [http://abc0120.net/words/abc2007100108.html 龍紋盤(龍山文化)]、考古用語辞典、07-10-01(最終閲覧日:22-09-13)
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%84%E6%B1%BE%E7%9C%8C 襄汾県](最終閲覧日:22-09-13)
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%B1%B1%E6%96%87%E5%8C%96 龍山文化](最終閲覧日:22-09-13)