ドラゴンボートレースの起源については、曹娥を祭る、屈原を祭る、水神や龍神を祭るなどの祭祀活動に由来するという複数の説があり、その起源は戦国時代まで遡ることができる。ドラゴンボートレースはその後、隣国の日本、ベトナム、イギリスなどに伝わり、2010年広州アジア競技大会 の正式競技種目となった。
屈原よりもはるか以前から、沅陵には既に竜舟があった。沅陵の竜舟は遠古に起源を持ち、祭祀の対象は五溪の諸民族に共通の始祖である[[盤瓠]]である。盤瓠はかつて沅陵の半溪の石穴に住み着き、六人の息子と六人の娘をもうけ、子供たちは互いに婚姻し、ミャオ族、ヤオ族、トン族、トゥ族、シェ族、リー族の六つの民族へと繁栄した。盤瓠が死んだ後、六族の民は巫を招いて神を請い、彼の魂を招いた。沅陵は山が多く水が複雑なため、'''巫師は彼の魂がどこに落ちたか分からず'''、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動へと発展した。、各民族に一隻ずつ竜舟を作らせ、溪や河を一つ一つ捜し回って呼びかけさせた。これが後に、船を漕いで魂を招く祭巫活動へと発展した。ミャオ族の龍船は'''杉'''材のようである。
=== 一般的な祭祀 ===
* [[蛇頭松姫大神]]という暴れる蛇女神がいたが、一人の村人が「自分が見事に退治してみせる」といい、モグサで大きな牛の形を造り、その中に火を点じておいて池の中へ投げ込んだ。大蛇は好餌とばかりこのモグサの大牛を一口に呑み下した。モグサの火は次第に牛の体一面に広がり、大蛇が苦しみ出すと、空がにわかにかき曇り、豪雨が沛然と降り出した。大蛇が苦しんでもがき回り、のたうち回るにつれて池の水は次第に増し、洪水となって流れ出した。大蛇の体は3つに別れて別々の場所に流れ着いた(日本神話)。
がある。日本神話は丹後地方の伝承であって、人身御供的な伝承もある地域なので、葛城・賀茂氏系の伝承と考える。日本神話で殺される蛇神は女性である。しかも結婚に関して人間が変化したものである、とされている。中国神話の[[共工]]は男性である。しかし、彼の部下とされた[[相柳]]は女性とされ、こちらは[[禹]]に倒されている。これらの類話から、少なくとも[[ミャオ族]]神話の龍神は'''「男女」が複合的に習合したもの'''と推察される。中国神話、日本神話では龍神(蛇神)は悪神として倒され、死後食べられたりはしていない。
また、諏訪大社下社には「お舟祭」という祭祀がある。これは、毎年8月1日に春宮から秋宮へ神々の御霊代を移す遷座祭である。巨大な'''柴舟'''(しばふね)に'''翁媼人形'''を乗せ、氏子たちが「ヨイサ」の掛け声とともに街中を曳行する神事である。お舟祭の神事の後、'''翁媼焼却神事'''があり、翁媼人形は解体されて焼却される。
この「お舟祭」と比較すると、龍船祭で舟に飾るという[[盤瓠]]の頭と、2つの龍頭とは、「食べてしまった龍神達」の魂をかたどったものと考えられる。というか、[[盤瓠]]犬の魂がすぐに見つからなかったのは、燃やして食べてしまったからで、その後でみんな吐き戻してようやく頭の霊だけ再生したのでは? と思う。毎年、燃やしたり、食べたり、神事という名の「'''呪術'''」なのでは、と感じてしまう。(ちなみに下社はあからさまに葛城・賀茂氏系の神社であると思う。)
=== ミャオ族起原2・龍神と牛神 ===
== 参考文献 ==