差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
というのは籠神社では、「神社の歌」と考えられる向きがあるようである。古くは、元々この歌には鶴のみで亀は登場していなかったようである。「籠の中の鳥」とは「カゴメ」の呼び方にあるように女神であって、彦火明命ではなくて、妻神の天道日女命(ダヌ女神)のことを指すと考える。彼女はいつ生まれることができるのだろうか。母なる豊受が「月の桂の木」であるならば、彼女は木を切り倒そうとする呉剛を手伝おうとするその子供達に見張られているのではないだろうか。その呉剛の子供達が「鶴」である。少なくとも西欧の「船乗りの柱」を見ると、そのように思える。だから、その鶴が滑って転んで隙ができた隙に、天道日女命は母の胎内を飛び出して逃げ出せば良いのではないだろうか。後ろから追ってくる「鶴」と「呉剛」、すなわち[[伏羲]]あるいは[[黄帝]]あるいは[[須佐之男]]にご用心を、という歌だと、私ならそう解釈する。
ただ、籠神社には「いついつ出やる」とは「本当の事を言って良いのは何時になるだろう。」という意味だという解釈があられるのかな、と思う。だいたいそもそも、豊受大神はヒョウタンとかカボチャとか桂とか竹とか、植物で現される女神であって、その起源もただ、籠神社には「いついつ出やる」とは「本当の事を言って良いのは何時になるだろう。」という意味だという解釈があられるのかな、と思う。だいたいそもそも、[[豊受大神]]はヒョウタンとかカボチャとか桂とか竹とか、植物で現される女神であって、その起源も[[大渓文化]]にさかのぼる、いわば「'''気合いの入った植物神'''」である。5000年以上も「植物神」としか扱われてこなかった母神が、いかに好意的な子孫である海部氏の中であっても、急に人間的に自立して、伊勢にて[[天照大御神]]にお仕えする女神へと変貌するのは、変化が急すぎるし、「'''ビフォーアフター'''」の姿に差がありすぎるので、絶対に外部の強力な神話の影響を受けて変貌したと考える。そしてそのネタ元は中国のメジャーな女神ではない、と考える。一番メジャーな女神[[西王母]]は、下位の仙女たちを厳しく監督する女神で、優しい母親ではなく、'''厳しい姑'''みたいな女神だからである。
だから、[[豊受大神]]と[[天照大御神]]の関係は「何時になるだろう。」とか言っていないで、素直に「'''ギリシア神話のデーメーテールとペルセポネ-'''」を参考にした、と。なぜなら他に似たような類例のメジャーな神話が見当たらないから。そうおっしゃられても良いのではないかと思う。デーメーテール女神の名を聞けば、彼女は広く「ダヌ女神」の一柱だと分かったはず。そうして娘に尽くして支える母女神の姿は、文芸的には源氏物語の六条御息所などにも影響を与えたと考える。

案内メニュー