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[[File:C-shaped_jade_dragon.jpeg|thumb|300px|図1、馬のたてがみを持つ玉竜。紅山文化の出土品。]]
=== 犬神から豚神へ、更に馬神そして龍神へ ===
伊勢神宮と同じ三重県にある多度大社は、名前からして海部氏の神社であり、海部氏とは台湾原住民アミ族タバロン社と神話的に連続性のある氏族と考える。なぜならタバロン社には海の向こうにある女人島から魚に乗って生還したという'''チマチウチウ'''という青年の話があり、浦島太郎の物語と良く似ているからである。アミ族と海部氏(あまべ)の名前も似ているし、ヒッタイトにアルマという男性形の月神、古代エジプトにクヌムという男性形の月神がいるので、そもそも「アミ」とか「あま」という言葉が彼らの中では「男性形の月神」を指す言葉だったのではないか、と考える。アミ族の神々にはチマチウチウにあるように名前に「T」音がつく場合が多く、多度大社の名も例に漏れないように思う。という青年の話があり、浦島太郎の物語と良く似ているからである。アミ族と海部氏(あまべ)の名前も似ているし、ヒッタイトにアルマという男性形の月神、古代エジプトにクヌムという男性形の月神がいるので、そもそも「アミ」とか「あま」という言葉は「男性形の月神」を指す言葉だったのではないか、と考える。アミ族の神々にはチマチウチウにあるように名前に「T」音がつく場合が多く、多度大社の名も例に漏れないように思う。
そして、中国語で豚のことを上代語で「トン(およそ***dun**(*tən)に近い音)」と呼んでいたので、チマチマチウがそもそも「豚神」であり「月神」だった可能性があるように思う。またこの名の子音を辿ると海部氏の祖神「倭(やまと)直(倭宿祢命)」に類する名と考えるので、台湾のアミ族の伝承にまでさかのぼると、倭直と浦島太郎は同起源のものだったことが分かる。
[[河姆渡文化]]の猪紋黒陶鉢はこれは「'''月神'''」のことと考える。中国の「桂男」の伝承は、「呉剛伐桂」といって呉剛という男が妻と浮気した相手を殺して、その罰に月に追放され、月の桂の木を切り倒さなければならなくなった、とされる。これは元は、呉剛という男が妻と間男を殺して、罰として呉剛も殺されたので、殺された妻を桂の木、間男を月神とした、という話と考える。そもそも「二人の夫を持つ女神」の神話は母系社会にさかのぼるものと考えられるので、多夫多妻的な結婚生活が当たり前であって、男が自分以外の男と関係を持ったからといって、嫉妬心から妻と相手の男を殺してしまったら、'''そちらの方が許されざる事態'''である。
おそらく、呉剛が月の神とされた二人の後を追いかけて月に昇り、木と化した妻神に暴力を振るい続ける、という神話は中国社会で父系が確立してきた後に付加されたもので、最初から呉剛のエピソードはついておらず、少なくともおそらく、呉剛が月の神とされた二人の後を追いかけて月に昇り、木と化した妻神に暴力を振るい続ける、という神話は中国社会で父系が確立する間に付加されたもので、最初から呉剛のエピソードはついておらず、少なくとも[[河姆渡文化]]では付加されていなかったと思われる。
[[河姆渡文化]]でこの豚型の月神がなんと呼ばれていたのかは定かではないように思うけれども、チマチウチウの名から見て「トン」と呼ばれていたかもしれないと思う。豚神だから、単に「豚」なのである。では、アミとかアマという言葉はどこから来ているのだろうか。それは犬(quǎn)から来ているように思う。台湾の伝承にラオン(おそらく犬の意)という人物が犬獅子に変身して人妻と関係を持ち、その夫に殺されたという伝承がブヌン族にあるので、呉剛の原型はでこの豚型の月神がなんと呼ばれていたのかは定かではないように思うけれども、チマチウチウの名から見て「トン」と呼ばれていたかもしれないと思う。豚神だから、単に「豚」なのである。では、アミとかアマという言葉はどこから来ているのだろうか。それは犬(quǎn)から来ているように思う。台湾の伝承にラオン(おそらく犬の意)という人物が猪に変身して人妻と関係を持ち、その夫に殺されたという伝承がブヌン族にある。ブヌン族とは、彼らの先祖が中国大陸に居た時に、[[馬家浜文化]]を担っていた人々と考える。そのため、呉剛の原型である「'''間男を殺す男'''」は[[河姆渡文化]]の近隣の[[馬家浜文化]]では既に登場していると考えるが、[[河姆渡文化]]の方では異なる神話が語られていたと思われる。だいたい氏族の祖神として扱われるくらいの犬神なのだから「間男」なんてとんでもなく失礼な言い草であろう。
ともかく、アミ族の中では、彼らの先祖が中国大陸にいた時、河姆渡文化を形成していた時に、「月神」はすでに犬神から豚神に変更されていたと考える。台湾の伝承でもそこで止まってしまっているのだろう。ところで、台湾原住民の先祖が上海付近から海を越えて台湾に去った後、中国では遼河文明で「龍」という存在が誕生した。初期の竜神は「猪龍」といわれるくらい豚や猪に関連した顔をしていた。そして馬のたてがみを持っていたりしたから、「龍」というのは人工的に合成した「架空の動物神」で、主に豚神、馬神、蛇神を一つにまとめて「ともかく、アミ族の中では、彼らの先祖が中国大陸にいた時、[[河姆渡文化]]を形成していた時に、「月神」はすでに犬神から豚神に変更されていたと考える。台湾の伝承ではそこで止まってしまっているのだろう。ところで、台湾原住民の先祖が上海付近から海を越えて台湾に去った後、中国では遼河文明で「龍」という存在が誕生した。初期の竜神は「猪龍」といわれるくらい豚や猪に関連した顔をしていた。そして馬のたてがみを持っていたりしたから、「龍」というのは人工的に合成した「架空の動物神」で、主に豚神、馬神、蛇神を一つにまとめて「'''みな同じ機能を持つ神'''」としてものと考える。」としていたものと考える。
伊勢神宮の外宮の月神は「白馬」をトーテムに持つが、もちろん日本で神社等の制度が確立して定まってきたのは古墳時代以降と思われるので、世界全体から見れば比較的新しい信仰体系といえる。そして「龍神」というものが発生した以降の神なので、この'''「馬神」は「豚神」でも「龍神」でも「同じ意味を持つ」'''といえるように思う。
多度大社がある「多度山」は、古くから神が鎮まる地とされており、その神の使いである「白馬」が人々に願いを届け、幸せを運ぶという「白馬伝説」が伝えられている。こちらの「白馬」も伊勢神宮の「白馬神」と根本的には「同じもの」で、元は豚神でもあり、龍神であっても「同じ意味」を持つ。すなわち、多度大社で「一目連」と呼ばれ、多度大社がある「多度山」は、古くから神が鎮まる地とされており、その神の使いである「白馬」が人々に願いを届け、幸せを運ぶという「白馬伝説」が伝えられている。こちらの「白馬」も伊勢神宮の「白馬神」と根本的には「同じもの」で、元は豚神でもあり、龍神であっても「同じ意味」を持つのではないだろうか。すなわち、多度大社で「一目連」と呼ばれ、'''片目が潰れてしまった龍神'''とされる神が「白馬神」でもあると考える。なぜ彼が「片目」なのかといえば、[[河姆渡文化]]の猪紋黒陶鉢の豚神が「片目」だから、と述べるしかない。豚神の体に描かれた「目」は「桂の木」の目であって、豚神の「目」ではないのだろう。だから、「浮気をした」として殺された女神とその夫は、月で一体となって、彼らの「2つの目」のうち、一つは男神の目、一つは女神の目とされたのだと考える。の猪紋黒陶鉢の豚神が「片目」だから、と述べるしかない。豚神の体に描かれた「目」は月に生えているといわれる「桂の木」の目であって、豚神の「目」ではないのだろう。だから、「浮気をした」として殺された女神とその夫(間男)は、月で一体となって、彼らの「2つの目」のうち、一つは男神の目、一つは女神の目とされたのだと考える。
ただし、一目連をそのまま「月神」として良いかというとそうではない。この神は「天候(風)を司る神」とされて風神あるいは天候神の性質が強いからである。

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