差分

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=== 実はヒョウタン ===
==== 神代紀 ====台湾の伝承に、穀物の起源として以下のような話がある。日本書紀・神代紀の第五段では、本文で「日の光に次ぐ輝きを放つ月の神を生み、天に送って日とならんで支配すべき存在とした」と簡潔に記されているのみであるが、続く第一の一書にある異伝には、[[伊邪那岐命|伊弉諾尊]]が左の手に白銅鏡を取り持って<blockquote>昔、二人の兄弟がいて、豚と瓢を所有していた。兄弟が畑仕事をしている間に、父親が豚を殺して食べようとしたが、他人から「それは不吉なことだ。もし無理矢理屠殺するのならば、私がおまえを殺そう。」と脅されて豚を殺すのを止めた。父が瓢に歌うと、瓢から粟・稗などの種が出た。これを子供達に与えて畑に撒かせた。これが粟・稗・豚の起源である<ref>粟・稗の創造、ルカイ族、神々の物語、台湾原住民文学選5、神村徹編、草風館、2006年8月1日出版、p231</ref>。</blockquote> これは形が崩れているけれども、月に対して穀物の豊穣を願った祭祀の起源譚と考える。豚は月神であり、'''瓢神'''は後の中国神話で述べるところの「桂の木」であろう。豚神と瓢神は夫婦神であり、二柱揃って「月神」なのだ。人々が神々に穀物の豊穣を願う際に、神に見立てた動物を殺すのではなく、歌や音曲で神々を慰撫すると、月神たちの子供ともいうべき種類を与えてもらえる、という思想のように思う。種だけでなく、穀物がうまく育つように良天候まで求めるようになれば、彼らは単なる「月」を神格化したものではなく、天候神としての性質も併せ持つようになったであろう。 中国神話で「ヒョウタン」といったら伏羲・女媧神話で子供達がその中に潜って大洪水を逃れた、というアイテムである。子供達がそこから出てくる様は、「母の胎内から子供が生まれ出る図」でもある。「ヒョウタンの女神」が「月に生えている桂の木」の原型だとして、彼女は「人類の母神」というだけでなく、穀類を生み出してくれる母神でもあるし、穀類の生育にまで関わる神でもあったと思われる。そうすると夫神と同様「単なる月の神格化」ではなく天更神としての性質も帯びてくる。ヒョウタンとは「水をくむひしゃく」のことでもあり、これが「天水」をもたらしてくれる「ひしゃく」のことでもあれば、「北斗のひしゃく」の名の通り、彼女は月神としてだけでなく「北斗の女神」としての性質も持っていたと考えられる。そして、水神でもあるので、例えば火事などで「火の神」が暴走した時には、それを沈静化させる能力もあるとみなされたと考える。 こうして[[天照大御神|大日孁尊河姆渡文化]](天照大神)を生み、右の手に白銅鏡を取り持っての「'''豚と瓢'''」の一対の月神は単なる「神格化された月」にとどまらずその機能が拡張されていき、印欧語族を中心とした様々な多神教の父神・母神としての性質を獲得していったと思われる。穀物の豊穣をもたらしてくれる「'''[[月読命|月弓尊豊受大神]](月読命)を生んでいる。日と並ぶ月は日月分離前の新月を現すと考えられる<ref group="私注">日月を分離する前はなぜ新月なのだろうか?</ref>。'''」とは、河姆渡文化における「'''月の瓢女神'''」であり、伏羲・女媧神話の「'''瓢女神'''」と根本的には「同じ女神」だったと考える。
月読命の支配領域については、天照大神と並んで天を治めるよう指示されたとする話が幾つかある。その一方で、「滄海原の潮の八百重を治すべし」と命じられたという話もある<ref>『日本神話 - 神々の壮麗なるドラマ』44頁。</ref><ref name="八百万の神々" />。これは潮汐と月の関係を現すと考えられる。
==== 女神殺し ====
書紀・第五段第十一の一書では、天照大神から[[保食神]](うけもち)と対面するよう命令を受けた月夜見尊が降って[[保食神]]のもとに赴く。そこで保食神は饗応として口から飯を出したので、月夜見尊は「けがらわしい」と怒り、[[保食神]]を剣で刺し殺してしまう。[[保食神]]の死体からは牛馬や蚕、稲などが生れ、これが穀物他の起源となった。[[天照大御神|天照大神]]は月夜見尊の凶行を知って「汝悪しき神なり」と怒り、それ以来、日と月とは一日一夜隔て離れて住むようになったという。これは「日月分離」の神話であり、月が新月になるのは太陽との黄経差が0度、即ち見かけ上太陽と並んだ時であって、満月になるのは180度、即ち見かけ上太陽から最も離れた時であることを説明した神話と考えられる。
一方、古事記では似た展開で食物の神([[大宜都比売|大気都比売神]]・おほげつひめ)が殺されるが、それをやるのは[[須佐之男命]]である。この相違は、元々いずれかの神の神話として語られたものが、もう一方の神のエピソードとして引かれたという説がある<ref name="日本神話事典" /><ref group="私注">管理人の注釈として。古代日本は妻問い婚であり、女性が尋ねてきた男性に「食事を出す」という行為は、相手が家族も同然の非常に親しい相手である、という前提をまず知って、この神話を読むべきであると思う。記紀神話では、このようにして'''月読命と須佐之男命が「同じ神」とみなされるように意図的に記述している'''のだと考える。</ref>。
=== 『続日本紀』 ===

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