「天は陽、地は陰とみなす」という陰陽思想では、陽数は'''奇数'''であり、陰数は'''偶数'''とされている。[[伏羲]]が考えだした、と言われる「八卦」は陰数からなる。一方日本では'''九頭竜'''という陽数からなる名前の龍蛇女神が存在する。男性の神である'''八幡'''は陰数で現される。人身御供を求める悪しき河川神は'''[[八俣遠呂智]]'''と陰数で示されている。仏教の影響を受けて登場した男性形の龍蛇神である'''八大龍王'''も陰数である。
== 驪山老母と女媧 ==
驪山老母(りざんろうぼ)は中国神話・道教における女神であり、女媧(じょか:人類創造と天補修の女神)との関係性については、以下の3つの説が主に存在する。
=== 同一神格説 ===
中国道教協会の公式説明では、「'''驪山老姥即女娲'''」(驪山老姥は即ち女媧である)と明確に記されている。また、『路史』に「女娲,立治于中皇山之源,继兴于骊山」(女媧は中皇山の源に治を立て、驪山に興り継ぐ)とあること、『長安志』に「骊山有女娲治处,今骊山老姥殿即其处」(驪山に女媧の治めた処があり、今の驪山老姥殿がその場所である)と記されていることを根拠として挙げている。陝西省の地方志『陝西省志』では、「该县称女娲为‘骊山老母’」(この県は女媧を「驪山老母」と呼ぶ)と記され、驪山にある「老母殿」が古来より女媧を祀る祠であり、地元で「補天補地節」という祭日が行われていることが詳述されている。これは地域的な信仰において両者が同一視されていることを示す。 『漢書・律暦志』では驪山老母を「驪山女」と呼び、これが後に女仙として尊ばれて「老姥」となったとされる。この「驪山女」が女媧と結びつけられる一因となっている。<ref>中国道教协会, http://www.taoist.org.cn/loadData.do|website=www.taoist.org.cn, 2025-12-09}}</ref>
『長安志』(北宋):「驪山有女娲治処、今驪山老母殿即其処」(女娲の治所が老母殿と同一)。
民間伝承:驪山を「女娲が補天時に乗った神獣の化身」と解釈し温泉を「神湯」と称する。<ref>骊山老母真身到底是女娲还是斗姥?_国学网-国学经典-国学大师-国学常识-中国传统文化网-汉学研究 , http://sino.newdu.com/m/view.php?aid=98916, sino.newdu.com, 2025-06-23</ref>
=== 別神説 ===
道教経典『驪山老母玄妙真経』:老母を'''北斗七星の母「斗姥」'''の化身と定義。
『雲笈七籤』:女娲を創世神、驪山老母を養生術(麦飯術・胎息法)伝承者と区別。[https://www.zhihu.com/question/46244568]
歴史的実像:驪山老母を商周時代の実在人物「戎胥軒の妻」とし、女娲神話とは時代が異なる(俞樾『小浮梅閑話』)。<ref>黎山老母是女娲娘娘吗 , http://juke.outofmemory.cn/life/3843967.html#comments, juke.outofmemory.cn, 2025-06-23</ref>
=== 習合説 ===
驪山信仰は秦代の地母神崇拝が起源。女娲神話と唐代に習合した。石補天神話の女娲と長生術を司る驪山老母は本来別体系。明代小説による混淆が発生。<ref>骊山老母真身到底是女娲还是斗姥?_国学网-国学经典-国学大师-国学常识-中国传统文化网-汉学研究, http://sino.newdu.com/m/view.php?aid=98916, sino.newdu.com, 2025-06-23</ref>
== 日本への伝来時期 ==
日本における文献への登場例は、『続日本紀』(巻3)慶雲3年(706年)11月3日条に、文武天皇が新羅国王に対し、「漸無練石之才」と女媧による錬石補天を引用した文書を送っていることから、少なくとも律令時代には認識されていたことがわかる日本における文献への登場例は、『続日本紀』(巻3)慶雲3年(706年)11月3日条に、文武天皇が新羅国王に対し、「漸無練石之才」と女媧による錬石補天を引用した文書を送っていることから、少なくとも律令時代には認識されていたことがわかる<ref group="私注">古代の日本人は中国とよく交通していたので、弥生時代かあるいは縄文中期の出産土器が作られた辺りよりも以前から知っていたと個人的には思う。女媧信仰は日本の女性形の龍蛇信仰と非常に大きく関わっており、弥生以降は特に中部日本で九頭竜女神とそれに類する龍蛇女神として民間で祀られているように思う。縄文系の人々の中で、女媧の原型に当たる女神は天から石に降り立つ御社宮司神であると思う。どちらも母系の文化の強い女神であるので、「夫」の存在の形跡は薄い。朝鮮で女媧の原型に近い女神は[[娑蘇夫人]]と考える。管理人の中では、[[娑蘇夫人]]、御社宮司神、九頭竜女神が北東アジアの「'''三大女媧女神'''」である。古代の日本人は中国とよく交通していたので、弥生時代かあるいは縄文中期の出産土器が作られた辺りよりも以前から知っていたと個人的には思う。</ref>。
道教に組み込まれた上での女媧・[[伏羲]]についての信仰が日本に渡来した時期に関しては、早い時期で紀元前1世紀(弥生時代中期)説がある。鳥取市の歴史研究家の小坂博之の考察によれば、鳥取県国府町所在の今木神社が所有する線刻された石に描かれた胴が長い人絵が女媧・についての信仰が日本に渡来した時期に関しては、早い時期で紀元前1世紀(弥生時代中期)説がある。鳥取市の歴史研究家の小坂博之の考察によれば、鳥取県国府町所在の今木神社が所有する線刻された石に描かれた胴が長い人絵が女媧・[[伏羲]]に当たるとしている(石の大きさは、直径75センチ、短径63センチ)。調査によれば、「鳥」「虎」と読める漢字も刻まれており、その書体から中国山東省に残る「魯孝王刻石」(紀元前56年成立)にある「鳳」の中にある鳥が最も酷似し、隷書体の中でも古い時代にある古隷の書体と考えられている。『淮南子』(前2世紀成立)では、「鳥」は無道・殺りくの神を表し、「虎」は兵戦の神を表している。このことから、「天地再生・人類創造の神である伏羲と女媧に祈り、兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)を遠ざけ、災厄の除去を願ったもの」と解釈されている(しかし、この神の性格が兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)である可能性も考えられる)。刻石自体が亀甲と形状が類似することから、甲を用いた占いと共通し、『淮南子』の知識を有したシャーマンか王が用いたと考えられているに当たるとしている(石の大きさは、直径75センチ、短径63センチ)。調査によれば、「鳥」「'''虎'''」と読める漢字も刻まれており、その書体から中国山東省に残る「魯孝王刻石」(紀元前56年成立)にある「鳳」の中にある鳥が最も酷似し、隷書体の中でも古い時代にある古隷の書体と考えられている。『淮南子』(前2世紀成立)では、「鳥」は無道・殺りくの神を表し、「虎」は兵戦の神を表している。このことから、「天地再生・人類創造の神である伏羲と女媧に祈り、兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)を遠ざけ、災厄の除去を願ったもの」と解釈されている(しかし、この神の性格が兵戦の神(虎)と無道・殺りくの神(鳥)である可能性も考えられる)。刻石自体が亀甲と形状が類似することから、甲を用いた占いと共通し、『淮南子』の知識を有したシャーマンか王が用いたと考えられている<ref>『月刊 文化財発掘出土情報 1999 9 通巻208号』 (株)ジャパン通信情報センター ISSN 0287-9239 pp.88 - 89 </ref>。
== 参考文献 ==
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AA%A7 女媧](最終閲覧日:22(最終閲覧日:26-0901-26)25)
** 袁珂 著、鈴木博 訳『中国の神話伝説』上、青土社、1993年
** 聞一多 、〈訳註〉中島みどり 『中国神話』 平凡社 〈東洋文庫〉1989年
* [[兄妹始祖神話]]
* [[笛]]
=== 女媧に相当する女神 ===
* [[西王母]]:女媧は西王母から別れたと考える。
* [[相柳]]:女媧の荒魂と言うべき神か。
* [[ヴイーヴル]]
** [[ワイヴァーン]]
== 私的注釈 ==
[[Category:女媧型女神|*]]
[[Category:女媧|*]]
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