差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1,046 バイト追加 、 2026年1月24日 (土)
おそらく、蚩尤と饕餮は「同じ神」ではあるのだけれども、蚩尤・饕餮は「虎トーテム」の人々にとって有力な神であって、その後に起きた「熊トーテム」では有力な神とされなかったので、「虎トーテム」的な思想では彼らは「天の神(特に「月の神」)」の一つであったのだが、「熊トーテム」的な思想では悪神や下位の神とされてしまったのだろう。一方、祝融は「火の神」として、それなりに神として上位の地位を保ち続けたと思われる。
 
=== 石斧の神 ===
大渓文化の石斧の神は本当に蚩尤で良いのだろうか。個人的には、この神の名は'''まだ'''「蚩尤」でも良いのではないかと考える。ただし、牛神だったかもしれない、と思う。チャンヤンが兄弟の牛を犠牲獣にした、とされた通り、彼は「犠牲にされた牛」なのではないだろうか。ただし、「犠牲獣」ということで「tun」と呼ばれたかもしれないと思う。これは現在の中国では「豚」のことだけれども、古い時代には「豚」は朝鮮語やベトナム語にある通り「tut」であって、熊トーテムの時代になって「'''n'''」の音が強調されるようになったのではないかと考える。そして、豚でも牛でも犠牲獣の種類が増えてくると、しまいには月は「若(new)」としか呼ばれなくなるように思う。「若い犠牲獣」という意味で、ンラン・リー (Nrang Hli、月の少年)である。
== 概要 ==

案内メニュー