=== 私的解説 ===
原則としては、「熊襲征伐」のような「従わない異民族の征伐」といえるような戦いはなかった、と考える。原則としては、「熊襲征伐」のような「従わない異民族の征伐」といえるような戦いはなかった、と考える。なぜなら「速津媛」のように名前に「速」がつくのは記紀神話の「犬神」の特徴だし、「津」がつく神は賀茂系・多氏系の神に多い。「異民族の名」として見れば違和感を感じる名なので、「天皇の味方の女主張」ということを強調したいから、このような名にしただけで、実在はしなかった女性だろうと考えるからだ。 また、'''市乾鹿文'''(いちふかや)と'''市鹿文'''(いちかや)の姉妹の名には「'''鹿'''」という文字がみられ、これは弥生時代に「'''弥生人'''」に広く信仰されていたと考えている「鹿日(かひる)」女神あるいは「日鹿(ひか)」女神を連想させる名なので、やはり「異民族の名」としては不自然である。しかも、姉妹という設定は丹後の伝承「蛇頭松姫権現とその妹のおしも」の関係を思わせる。丹後の伝承でも姉が死んで、妹が生き残る。その点からも賀茂氏系の神話であることが想像され、異民族的ではない、と考える。 上記2点から推察すると、「鹿日(かひる)」女神あるいは「日鹿(ひか)」女神に対する信仰は、かなり協力に禁止されて、氣比神宮の伝承のように「女神を魚に変えて食べてしまい、他の神が主神に置き換わった」と受け取れる神話があるので、景行天皇の征討の記述は'''「異民族征討」に名を借りた「女神信仰弾圧」'''の記憶ではないかと考える。'''民族差別なのではなく、宗教弾圧で弥生人同士の内ゲバ'''といえる。
=== 日本武尊の活躍 ===