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3 バイト除去 、 2025年12月29日 (月) 08:19
科野国造・建五百建命は[[神八井耳命]]の孫で金刺氏の祖と言われる。長野県には各地に金刺氏ゆかりの神社がある。また善光寺も金刺氏に関連する寺である。善光寺の宿坊の住職を務める若麻績氏は金刺氏の末裔と言われるなど、である。この神の妻神は'''[[会津比売神]]'''(かいづひめのみこと)といい、諏訪大社の祭神・建御名方神の子神と言われている。長野市川中島、篠ノ井、稲荷山、松代付近でこの女神が祀られていたようで、「貝佐」「海津」といった地名は女神の名に由来すると考えられる。「宇津尾山」もおそらく女神の名にちなんだ名と思われる。山の麓には、斎森神社、臼道祖神と「うず」や「えず(かいづの別の読み方)」にちなんだ神社の名や女神信仰を思わせる神社の名がみられる。
一方、現在の冠着山には姥捨伝承に関する寺社が全くない。これが「この地に(通常みられる形の)姥捨て伝説はなかった」という結論の根拠にもなっているのではないか。ということは、冠着山は本来は「宇津尾山」といって一方、現在の冠着山には姥捨伝承に関する寺社が全くない。これが「この地に(通常みられる形の)姥捨伝説はなかった」という結論の根拠にもなっているのではないか。ということは、冠着山は本来は「宇津尾山」といって[[会津比売神]]に関する山とされていたものが、いつしか「姥捨山」に変えられてしまい、姥捨伝承が後付けされた、ということなのではないだろうか。姥捨伝承は「後付けされたもの」だから、現地に行ってもゆかりのあるアイテムや寺社が存在しないのではないか。
そのかわり、姥捨伝承が後付される前の女神信仰の痕跡が山の周囲に残されているのだろう。「山に捨てられた姥」とは[[会津比売神]]のことと思われる。地元にその伝承は残されなかったが、どういうわけか上野(群馬県)に残されたのである。ただし、多くの人を殺すような「悪い女神」として描かれている。地元では干ばつの際に、臼道祖神のご神体の臼を'''水に沈めた'''、とある。「赤城大明神の事」で、更科姉弟は多くの人を「'''水に沈めて'''」殺す。ご神体を見ずに鎮めることは「人身御供」を思わせるし、篠ノ井には「干ばつの際に水に人身御供を沈めた」という伝承もある。かつて人身御供を立てる習慣があり、[[会津比売神]]が「人身御供に関する女神」として忌避された可能性はあると考える。ただし、干ばつの際の人身御供の祭祀は江戸時代まで続けられていたのでは、と伝承から推察される。

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