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182 バイト除去 、 水曜日 16:57
=== 極東における熊トーテム ===
熊は中国では「男性の王権の象徴」のようだったが、朝鮮の神話では女性とされている。これはおそらく遼河文明で「'''似たような性質の男女の神が共存・並立する'''」という思想が発達したので、「遼河文明というフィルター」を通した結果、「'''女神としての熊神'''」が成立したからと考える。この思想が西欧にも拡散して、西欧では」が成立したからと考える。朝鮮の人々は、熊神に女神としての性質を持たせることで「女神信仰」を守ろうとしたのだろう。この思想が西欧にも拡散して、西欧では'''男女どちらの性の「熊神」も存在する'''。日本もおそらく、どちらの性の熊神も存在すると考える。ただ「天熊人」のように、明確に「熊」とされる場合は男性神の方が多いのではないだろうか。そういう点ではやや中国よりな思想ともいえよう。
朝鮮の神話では、熊女は虎女に勝つ。虎はドゥルガー女神に代表されるように、南方系の神々のトーテムである。雲南省の少数民族にも虎に関する伝承は多い。熊女の勝利は、父系の文化が優位になって「虎トーテム」に代表される母系文化に勝利したことを示すのかもしれないと考える。その結果、中原や遼河文明で主要な女神(神々)のトーテムも虎から熊に移り変わったことを示すのではないだろうか。ただし、宗教に関しては「何でもあり」的な寛容さが遼河文明にはあったと思われるので、蛇、馬、豚といった神のトーテムも否定されることはなく、一つに纏めて「龍」というものも作り出されたのだと考える。朝鮮の神話では、熊女は虎女に勝つ。日本には虎がいないので「虎女神」「虎男神」という思想がほぼ皆無である。その代わり、尾張小女が美濃狐という悪事を働く大女を鞭で打ちのめして改心させた、という伝承が「今昔物語」にある<ref>尾張国女伏美濃狐語第十七、今昔物語集(3)、校注・約:馬淵和夫等、日本古典文学全集、小学館、p232-234、日本霊異記にも同様の話がある。</ref>。
=== 主に印欧語における命名と語源 ===

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