末摘花は皇族の姫なのだが親が早世しており有力な後ろ盾がいない。悪い姫ではないのだが、現実を直視して対応していく生活力は乏しい。(それも育ちの良さ故なのかもしれないが。)そして、顔立ちが美しくなく、鼻が赤くて、「見られるのが恥ずかしい」女性である。実兄と二人で対面しても話をするでもなく二人とも黙ったままである、という「取り替え子」的な性質も持つ。そして防寒用に'''狸'''の毛皮の上着を着ている。狸というのはイヌ科の動物なので、この描写は「'''松尾'''大社」の「尾」のように「犬の尾をつけた女神」のことと思われ、賀茂系氏族の女神である。よく見てみると、賀茂系氏族の女神たちにだけ、やたらと描写と設定が冷たい、と感じるのは私だけではないと思う。どうして賀茂氏系の神だけが冷遇されるのかといえば、末摘花が「取り替え子」で「祟り神(死霊が変化したもの)」であって、その怒りを静めるため、として人身御供を要求されたり、仏教であれば高額のお布施を要求されたり、という神と化していたので、嫌われていたからではないだろうか。末摘花とは松尾大社の女神そのもの、その兄は天日神命のことと考える。
おそらく藤原氏の先祖である不比等は、各氏族の伝承を集め、「国家全体の太陽女神」を定める際に、系図を変えてしまったり、記紀神話に盛り込めなかったエピソードがたくさんあったため、いつか記紀神話の内容を修正して、もっと元の太陽女神の系図に近い内容に戻したり、ボツになったエピソードも纏めて形にして表したい、と考えていたのではないだろうか。彼の悲願は息子たちの四兄弟が相次いで早世したため子供の代で果たせなかったが、式家百川から婿であった山部親王(桓武天皇)を経由して、桓武天皇の側近だった北家冬嗣へと受け継がれ、平安時代を通して北家全体の悲願であり続け、道長の時代になって初めて「源氏物語」という形に表すことができるようになったものかもしれないと考える。桓武天皇の時代に『古事記』が「隠された」あるいは『日本書紀』の陰に隠れて「読まれなくなった」、という説があるが、これは桓武天皇も古事記の内容に修正の余地があると考えていたからなのではないだろうか。空海や最澄といった能力のある若者たちを積極的に遣唐使として大陸に送り込んだのも、引き続き「太陽女神」に関する神話・伝承を彼らに収集させる、という目的が暗に含まれていたのかもしれないと考える。おそらく藤原氏の先祖である不比等は、各氏族の伝承を集め、「国家全体の太陽女神」を定める際に、系図を変えてしまったり、記紀神話に盛り込めなかったエピソードがたくさんあったため、いつか記紀神話の内容を修正して、もっと元の太陽女神の系図に近い内容に戻したり、ボツになったエピソードも纏めて形にして表したい、と考えていたのではないだろうか。彼の悲願は息子たちの四兄弟が相次いで早世したため子供の代で果たせなかったが、式家百川から婿であった山部親王(桓武天皇)を経由して、桓武天皇の側近だった北家冬嗣へと受け継がれ、平安時代を通して北家全体の悲願であり続け、道長の時代になって初めて「源氏物語」という形に表すことができるようになったものかもしれないと考える。桓武天皇の時代に『古事記』が「隠された」あるいは『日本書紀』の陰に隠れて「読まれなくなった」、という説があるが、これは桓武天皇も古事記の内容に修正の余地があると考えていたからなのではないだろうか。空海や最澄といった能力のある若者たちを積極的に遣唐使として大陸に送り込んだのも、引き続き「太陽女神」に関する神話・伝承を彼らに収集させる、という目的が暗に含まれていたのかもしれないと想像する。
== 参考文献 ==