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329 バイト追加 、 2026年1月30日 (金)
西欧ではエススという神に相当すると考える。エススの象徴は(月の)牡牛、樹木、3羽の鶴である。ただし、エススが切り落とす木は桂ではなく柳とされている。または、「牡牛の木」を切り倒す姿としても現される。エススが伴っている「3羽の鶴」は月の木を切る父親を手伝う「3人の子供達」を現しているとも考えられる。鶴はエススの象徴であり、彼の息子たちの象徴でもあるのだろう。
== 私的解説・妖怪としての桂男 私的解説 ===== 妖怪としての桂男 ===
[[エスス]]とは人身御供を求めることで有名な神であり、ベルンの『ルカヌス伝』によれば、人間の犠牲者は木に縛られ、鞭で打たれて死ぬことで[[エスス]]の生贄とされた、とされる<ref>Olmsted, Garrett S., The gods of the Celts and the Indo-Europeans, University of Innsbruck, 1994, p. 321.</ref>。
一方、伏羲は「牛、羊、豕などを家畜として養い、それを庖厨で料理して,犠牲として神祇や祖霊をまつった」と言われている。古代中国で犠牲として捧げられたのは動物だけでなく、人間も含まれることは殷墟の例からも明らかである。伏羲には本来「人身御供」を求めたり、定めたりする性質もあったと思われる。殷の時代には人身御供は占いで定められたのだから、伏羲が八卦を駆使して誰が人身御供になるのか定めるともされていたのではないだろうか。
よって、桂男が伏羲に類する神であれば、彼にも人身御供を定めて人々を死者の世界である「月の世界」に招く権限と能力があると考えられる伝承がかつてはあったのだろう。その役割が暴走しすぎないように、木は常に小さく切って整えておかねばならない、と古代の人々は考えたのかもしれないと思う。「桂男に招かれる」とは「人身御供に選ばれる」と元々はそういうことだったのだろう。よって、桂男が伏羲に類する神であれば、彼にも人身御供を定めて人々を死者の世界である「月の世界」に招く権限と能力があると考えられる伝承がかつてはあったのだろう。人身御供は桂男や桂の木そのものに捧げられ、彼らが正しく調和のとれた「月神」として機能するように、また彼らが怨霊として暴れないように慰撫するために捧げられたと考える。 === 桂と柳の木 ===月に生える「桂の木」はエススの神話では「柳の木」に変換されている。この変換は、神話がまだ中国にある間に行われたと思われ、「相柳」や朝鮮の「柳花夫人」にその名を残すように思う。相柳は禹に倒されるので、禹は地上における「桂男」といえる。
== 概要 ==

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