桂の中国語での発音は、ピンイン:guì(グイ)、上代中国語(推定):*kər-s / *kʷər-sとされている。「蛙(青蛙(qīngwā))」から派生した言葉ではないだろうか。また、これがメソポタミアのgull(英語のgreat)という言葉の起源かもしれないと考える。中国神話における[[伏羲]]に類する神と考える。伏羲の性質は多様であるが、様々な発明を行った「文化英雄」としての性質は、殺された牛型神の[[蚩尤]]が武器などを発明した「文化英雄」でもある点と重なる。[[蚩尤]]がバラバラにされて世界を形作ったと言われる[[盤古]]に類する神であるとすると、月は[[蚩尤]]の一部、すばわち[[伏羲]]の一部ともいえる。伏羲の原型の一つは、蚩尤のように罰を受けて殺され、月に上って月の牡牛と樹木(桂)に変身したと考えられた神なのではないだろうか。
桂男と桂の木は元々は「同じもの」であって、誰か罰を受けたものが殺されて月神となった、という神話に基づくものと考える。彼は地上では死者だけれども、月世界では永遠の存在なのだろう。そして、彼の近親(この場合は3人の子供)も同時に殺されたことを意味するように思う。桂の木はおそらく「死して月に登り桂の木に変じた'''女神'''」のことであって、[[嫦娥]]の原型と考える。これを「呉剛の妻」と考えれば、呉剛は間男だけでなく妻も惨殺し、今も月で殺し続けている、と言えなくもないと考える。そうすると「桂の木」はバラバラにされて殺され続ける植物神で、中国版の[[ハイヌウェレ]]ともいえる。ともかく、桂男も桂の木も、罰を受けたものが殺されて月神となった、という神話に基づくものと考える。彼らは地上では死者だけれども、月世界では永遠の存在なのだろう。そして、彼の近親(この場合は3人の子供)も同時に殺されたことを意味するように思う。
西欧ではエススという神に相当すると考える。エススの象徴は(月の)牡牛、樹木、3羽の鶴である。ただし、エススが切り落とす木は桂ではなく柳とされている。または、「牡牛の木」を切り倒す姿としても現される。エススが伴っている「3羽の鶴」は月の木を切る父親を手伝う「3人の子供達」を現しているとも考えられる。鶴はエススの象徴であり、彼の息子たちの象徴でもあるのだろう。