| 徒設在昔心<br />良辰詎可待 || 徒<small>(いたづら)</small>に在昔<small>(ざいせき)</small>の心を設<small>(まう)</small>くも<br />良辰<small>(りょうしん)</small>詎<small>(なん)</small>ぞ待つべけん
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女娃の故事から、不可能な企ての実現に努めるが遂に徒労に終わる事の喩えとして「'''精衛海を填'''(うづ)'''む'''」(精衛填海(せいえいてんかい))という[[故事成語|成語]]が生まれ」(精衛填海(せいえいてんかい))という成語が生まれ<ref>鈴木棠三編『新編故事ことわざ辞典』創拓社、1992年。尾上兼英監修『成語林』旺文社、1992年。</ref>、これはまた「'''精衛石を啣'''(ふく)'''む'''」(精衛啣石(せいえいかんせき))」ともいう<ref>明丘濬『故事成語考』地輿。</ref>。
南朝宋の陶淵明も「読山海経」と題する連作五言詩の第10首でこの故事を詠むが(右参照)、人外(物)に変じても尚激しい意志(猛志)を持ち続ける彼女を謳い上げつつもその意志の報われる朝(良辰)は決して迎えられないであろうと結ぶ事で、詳細は不明であるが彼女の「猛志」に重ねた晴らされざらむ自身の鬱憤を諦念を混えて吐露したものであったと考えられる<ref>釜石前掲鑑賞。</ref>。