御倉板舉神
概要
伊耶那岐神が、禊で三貴子を生んだ際、その御頸珠(首飾りの珠)の玉の緒を鳴るばかりにゆらし、天照大御神に高天原の統治を命じて、御頸珠を授けた。その御頸珠を御倉板挙之神という。
神名の「板挙」の字は、『日本書紀』垂仁紀に「天湯河板挙」という人名が見え、訓注で「板挙」をタナと読ませている。御倉板挙之神の名義は、神聖な倉の棚の上に安置する神の意とされる。
神社
伊多波刀神社
愛知県春日井市上田楽(かみたらが)町に鎮座する神社。
高皇産霊尊と誉田別尊、息長足姫命、玉依姫命の八幡三神を主祭神とし、大山祇命、市杵島姫命、伊豆能売命、品陀別尊(誉田別尊と同神)を合祀している。
社伝に景行天皇42年の創祀という。延喜の制で国幣の小社とされ、国内神名帳である『尾張国神名帳』に「従三位 板鳩天神」とある。古来付近に設定された味丘庄17箇村の総産土神として崇敬され、板に鳩を描いて奉納する習いがあったために社名としたともいう。
例祭は古く陰暦8月15日であったが、後に10月5日に変じ、現在は10月第2月曜日。
私的考察
伊豆能売は伊邪那岐命が黄泉から帰還した後に、「穢れ(災厄)を祓うために」生まれた女神である。災厄の全てが病気というわけではないのだが、「邪気を祓い、不老不死をもたらす」とは、中国神話では一体となって西王母と王母の蟠桃の役割なので、本wikiでは「医薬神」かつ「西王母型神」として取り扱う。
要は、伊豆能売は死んだ伊邪那美命から西王母的な「邪気を祓う」という性質を切り離して生きかえらせた女神といえる。実在の死んだ人間を生きかえらせることは不可能なので、神話ならではで存在し得る女神といえる。
また、「伊豆能売(イズノメ)」の「イズ」は「イズチ」に通じる言葉であり、本来は雷神(天候神)としての性質も有していた女神だと思われる。記紀神話では(そして日本では)、この女神のみではさほど重要な神とはなっていないが、伊邪那美命よりも西王母的な性質の強い女神である。
一旦死んだ女神が、やや性質を変えて生きかえったかのように活動するということで共通した性質を持つのは中国神話の「巫山神女」とも「瑤姫」とも呼ばれる女神である。瑤姫とは天候神であるところも似る。おそらく「伊邪那美命・伊豆能売」と「嫦娥(西王母)・瑤姫」はこの組み合わせのパターンも含めて同一起源と考える。伊豆能売は系譜的には天照大御神の姉であり、伊邪那美命と伊邪那岐命の娘といえる。瑤姫が西王母の娘、とされる点と共通するように思う。