邪術
邪術(じゃじゅつ)は、英語のsorceryに対応する日本語の文化人類学用語であり、呪術信仰において超自然的な作用を有すると信じられる呪文や所作、何らかの物を用いて意図的に他者に危害を加えようとする技術を指す。ただし、防衛のために行われる呪術を邪術に含める場合もあるので、邪な意図によるものばかりではない[1]。
E・E・エヴァンズ=プリチャードによる南スーダンのアザンデ族の研究以来、社会人類学では邪術 (sorcery) と妖術 (witchcraft) とを区別するようになったが、一般的にはsorceryを魔法、魔術、妖術と訳したり、witchcraftを魔術、妖術、魔女術と訳すなど、用語法や概念分類はさまざまである。
邪術による防衛術とは、
- 「防衛」に徹するもの。穢れに対し、それを洗い流して禊をする、とか。
- 邪術を式神などを使って「跳ね返すものもの」。鏡、ハムサなどによる邪視の跳ね返しなど。
- 「毒をもって毒を制す」というような、邪術に対して邪術を行い、その効果を相殺するもの。
があるように思う。
邪術に対して、邪術を行い相殺するとは、要は「悪口を言われたら、その相手に悪口を言い返して、先の悪口の効果をなくしてしまうこと」である。こういうことは日常生活の中で、割と当たり前に頻繁に行っていることなのではないだろうか。本HPでは、これを「対抗邪術」と呼ぶことにする。
私的概念
邪術というものは「邪気」が誰か人間などに取り憑いて「邪鬼」に変えてしまうもの、と考える。取り憑かれた人の精神・肉体状態を害したり、何か得をさせるかわりに相手を支配したりするのである。そうして「邪鬼」になった者は、元の「邪気」の言いなりになって特定の他者を害することもあるし、独自の意思で誰かを害するような活動を欲して行うようになったりする。
「邪気」とは、自然界に「気」とか「魂」のようなもののままで存在する精霊のように独自で動き回るものであることもあるし、誰か特定の人間が先天的に有する、あるいは後天的に「自然の邪気」を手に入れることで、これを能力として使用し、他の人に取り憑かせたり、切り離したりできることもあるものと考える。
「邪気」を有する人が「邪鬼」を兼ねることもあるし、そうでないこともある。「邪鬼」に取り憑かれた人が、伝染病のように他の人に「邪気」を憑かせることで、新たな「邪鬼」を生み出すことが可能な場合もある。
以上が、個人的に考える「邪気」と「邪鬼」の概念である。
糞尿・虫信仰
犬神蠱術
日本における犬神の作製は、飢餓状態の犬の首を打ちおとし、さらにそれを辻道に埋め、人々が頭上を往来することで怨念の増した霊を呪物として使う、という方法が知られている。
また、犬を頭部のみを出して生き埋めにし、または支柱につなぎ、その前に食物を見せて置き、餓死しようとするときにその頸を切ると、頭部は飛んで食物に食いつき、これを焼いて骨とし、器に入れて祀る。すると永久にその人に憑き、願望を成就させる。獰猛な数匹の犬を戦い合わせ、勝ち残った1匹に魚を与え、その犬の頭を切り落とし、残った魚を食べるという方法もある[2]。大分県速見郡山香町(現・杵築市)では、実際に巫女がこのようにして犬の首を切り、腐った首に群がった蛆を乾燥させ、これを犬神と称して売ったという霊感商法まがいの事例があり、しかもこれをありがたがって買う者もいたという[2][3]。
日本の呪術から
民俗学者の小松和彦は、著書の中で邪術を「物質的、具体的な方法で神秘的力を発動させ、相手に災厄を与えるもの」と定義[4]し、「術者が能動的に行える」点で妖術と区別ができる、とした上で、物部村方言における「呪詛(スソ と発音する)」が、人形に釘を打つ、写真に針を刺す等ある種の手続きで発動する呪術と共に、文化人類学でいう妖術を指す語であったり、犬神に憑依という現象に対する、太夫(ごくまれに犬神憑きから犬神遣いに「昇格」する者がいる)の説明が、「修行の足りない博士」である等、邪術と妖術の区別がほぼつかないとしている。
また、高知県香美郡物部村の、いざなぎ流とよばれる呪術の中に、相手へ「式を打ち」倒す因縁調伏と呼ばれる邪術的なものがあり、博士(ハカショ)と呼ばれる祈祷師は一応行うことができるものの、「返り(かやり)の風」とよばれる現象によって、依頼者に術が跳ね返り死ぬなどの被害があるとして、なかなかやりたがらない、という。また、彼ら太夫(祈祷師を指す一般名詞)は主に、神からの罰(お叱りとよばれる)によって興る病気を治す(祝い直し とよばれる)など、呪医としての機能もみられる。その際邪術を実行するために使われる(といわれる)式神で、病気の原因を出す ということになっている。
いざなぎ流に影響を与えた陰陽道そのものも、典薬寮に於いて呪禁師が興した厭魅、蠱毒と呼ばれる術を修め、時折使っていたらしい。ただ、陰陽師も、呪禁師が表向き病気の治療を行ったと同様、依頼者を災厄から守ったり、病気の治療を行ったりしたらしい。
アザンデ人における妖術・邪術
E=Pの『アザンデ人の世界─妖術、託宣、呪術─』における妖術に関連して、ザンデ語を以下のように訳し分けた。
- マング
-
- 妖物 witchcraft-substance
- 特定の人物が持つ腸の突起物のことで、生きている場合は託宣によって所在が明かにされ、死体の場合開腹によって確かめられる。もしマングを持っていたとされた人物が、開腹された結果それを持っていない場合、妖術師であるという汚名が返上される。
- 妖術 witchcraft
- 妖物から発揮される心的な力で、人の健康や財産に危害を与えるとされる
- 妖液 witchcraft-phlegm
- (1)とは異なる。妖術医の間においてのみ用いられる用法。呪薬を用いることで妖術医たちが体内に生じさせることができる液体のこと
- 妖物 witchcraft-substance
- ングア
- 呪薬を所有し、それを呪術儀礼において用いると呪術師(ボロ・ングア)とされる。一方で呪薬を使わずに治療を行う治療師の場合もボロ・ングアとされる
- グベグベレ・ングア、キティキティ・ングア
-
- 邪術 bad magic
- 不正あるいは不道徳な呪術
- 悪い呪薬 bad medicines
- 邪術において用いられる呪薬
- 邪術 bad magic
備考
- この邪術信仰は発展途上国の諸民族で頻繁に見られる。社会的な通念でもあるので、場所によってその内容に著しい差がある[5]。
- 呪術の類縁として考えられている。
- 術を掛けた対象者に、口頭で(衆人環視の状況において)邪術を掛けたと発言し相手がショックを受けた場合、発言者に脅迫罪・傷害罪が適用される可能性がある。[6]
参考文献
関連項目
脚注
- ↑ 『改訂 文化人類学事典』 ぎょうせい、昭和62年、258頁。
- ↑ 2.0 2.1 石塚, 1977, p56-59
- ↑ 中村友紀夫他, 妖怪の本 異界の闇に蠢く百鬼夜行の伝説, 1999, 学習研究社, New sight mook, isbn:978-4-05-602048-9, p38-39
- ↑ 小松和彦『憑霊信仰論 妖怪研究への試み』 伝統と現代社 1982年 84頁
- ↑ 個人的には、こういう差別的な文言こそが典型的な「邪術」であると考える。日本の特に東国では「祭祀」という名の「邪術」が非常に多く見られる。もちろん日本なんて発展途上国だし、特に東国なんて東夷の生息地だしねえ? 発展途上民族で申し訳ありませんでした、という感がする。
- ↑ 2019年2月現在の日本国の法令の基づく判例・裁判例による。