大宜都比売
オオゲツヒメ(オホゲツヒメ、オオゲツヒメノカミ、大宜都比売、大気都比売神、大宜津比売神、大気津比売神)は、日本神話に登場する女神。
概要
『古事記』においては、まず伊邪那岐命と伊邪那美命の国産みにおいて、一身四面の神である伊予之二名島(四国)の中の阿波国の別名として「大宜都比売」の名前が初めて表れる。そしてその直後の神産みにおいて、どういうわけか他の生まれいづる神々に混じり、ほぼ同名といえる「大宜都比売神」が再度生まれている記述がある。更に高天原を追放された須佐之男命に料理を振る舞う神としても登場するが、これらが同一神か別神かは不明。
説話・古事記
高天原を追放された須佐之男命は、空腹を覚えて大気都比売神に食物を求め、大気都比売神はおもむろに様々な食物を須佐之男命に与えた。それを不審に思った須佐之男命が食事の用意をする大気都比売神の様子を覗いてみると、大気都比売神は鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。須佐之男命は、そんな汚い物を食べさせていたのかと怒り、大気都比売神を殺してしまった。すると、大気都比売神の頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。これを神産巣日御祖神が回収した[1]。
また島根県石見地方に伝わる伝説には、大気都比売神の娘に乙子狭姫がおり、雁に乗って降臨し作物の種を地上に伝えたとする。
羽山戸神と大気都比売神
大年神の子、羽山戸神と大気都比売神の間に以下の子神がいる、とされる。羽山戸神とは須佐之男命のことであろう。
- 若山咋神(わかやまくい) - 山の神。
- 若年神(わかとし)
- 若狭那売神(わかさなめ) - 田植えをする早乙女の意。佐保姫と同一視される。丹生都比売神でもあるのではないだろうか。
名前に「若」のつく上記3神は、暗に「若くして非業の死を遂げた神」という性質があるように思う。彼らは「厄払いの神」であると同時に、「死者」であるが故に「疫神」にもなることがあり、それを慰撫するため、あるいは疫神に見立てた者を殺すことで鎮めるために、人身御供を必要とした神々ともされたのではないだろうか。農耕における人身御供の神々として「若」が名につく神々が3柱も存在するのは興味深いことである。彼らは、まるで母である大気都比売神の化身のようでもある。また若狭那売神のみ、伊勢の佐那造といった特定の集団との関連がいかが割れる女神でもあり、興味深い。伊勢の佐那近辺は古より水銀の産地として知られているそうだが、水銀に関する女神に丹生都比売神がいる。若狭那売神は丹生都比売神の別名であり、この女神の系譜を須佐之男命に結びつけるための神なのではないだろうか。
- 弥豆麻岐神(みづまき) - 水撒き・灌漑の神。弥豆麻岐神の名義は、マキについて、灌漑のことを言うマカセ・マカスという語の四段活用の古形とみなす説があり、水を引き入れる意で、田の灌漑の神であるとする。諸国において、川の沿岸に「水巻」を名とする地名があるのも関連が指摘されている。また、水を田に撒く宗教儀礼の神話的投影とする説がある。田植えの神といわれる若沙那売神の次に灌漑の神が生まれていることに、農耕上のつながりが指摘されている[2]。
- 夏高津日神(なつたかのひ) - 別名 夏之売神(なつのめ)。夏の高く照る日の神の意。「夏」の文字は記紀の神話全体で季節の名としては現れず、この神の名として現れるのみである。夏高津日神の名義は、夏の高く照らす太陽の意と捉えて、盛夏の強烈な日照に恵まれて稲が生育することの表象とする説がある。別名の夏之売神は、次に生まれる秋毘売神と関連する名と考えられ、夏の日に田で草取りなどをして働く女性の神格化の意とする説、穀物の育成と関連の深い夏と秋を表象したにすぎないとする説、季節の移り変わりを表わすものとする説がある[3]。
- 秋毘売神(あきびめ) - 秋の女神。秋の稲の収穫に関する神と考えられている[4]。
- 久久年神(くくとし) - 稲の茎が伸びることの意。ククは久々能智神のククと同じく茎で、草木の茎幹とする説がある。茎立った稲の意で、稲がらがしゃんと立つことを表わし、稲穂の豊穣の表象とする説がある。刈って木に掛けられた穀霊の神とする説などがある[5]。
- 久久紀若室葛根神(くくきわかむろつなね) - 別名 若室葛根(わかむろつなね)。新しい室を建てて葛の綱で結ぶの意。新嘗祭のための屋舎を建てることと考えられる。秋の収穫が終わりその収納物を蔵する穀物庫の中に安まる稲魂を表すという説もある[6]。
解説
オオゲツヒメは『古事記』において五穀や養蚕の起源として書かれているが、『日本書紀』では同様の話がツクヨミがウケモチを斬り殺す話として出てくる。『古事記』ではスサノオが高天原を追放された後に出ているため、誓約後の勝ちに乗じて姉の田を壊したという記述と矛盾する。『日本書紀』ではスサノオの昇天前に出ているので矛盾は無い。
また、大年神の系譜において羽山戸神の妻として八神を生んだとの記述がある。ただし、国産みのオオゲツヒメと須佐之男命の天降りの際に登場するオオゲツヒメ、羽山戸神の妻のオオゲツヒメが同一神かは不明である[7]。
オオゲツヒメという名称は「大いなる食物の女神」の意味である[8]。
起源
殺害された者の屍体の各部から栽培植物、とくに球根類が生じるという説話は、東南アジアから大洋州・中南米・アフリカに広く分布している。芋類を切断し地中に埋めると、再生し食料が得られることが背景にある。オオゲツヒメから生じるのが穀物であるのは、日本では穀物が主に栽培されていたためと考えられている[9]。
神社
- 上一宮大粟神社(徳島県名西郡神山町)
- 一宮神社(徳島県徳島市)
- 阿波井神社(徳島県鳴門市)
参考文献
- Wikipedia:オオゲツヒメ(最終閲覧日:22-05-26)
- 坂本太郎、家永三郎、井上光貞、大野晋校注『日本書紀(一)』、岩波書店〈岩波文庫〉、1994年(初出1993年)。ISBN 4003000412。
関連項目
脚注
- ↑ 『古事記』鈴木種次郎 編 三教書院 p.22-3(国立国会図書館)
- ↑ 弥豆麻岐神、國學院大學「古典文化学」事業(最終閲覧日:24-12-15)
- ↑ 夏高津日神、國學院大學「古典文化学」事業(最終閲覧日:24-12-15)
- ↑ 秋毘売神、國學院大學「古典文化学」事業(最終閲覧日:24-12-15)
- ↑ 久々年神、國學院大學「古典文化学」事業(最終閲覧日:24-12-15)
- ↑ 久久紀若室葛根神、國學院大學「古典文化学」事業(最終閲覧日:24-12-15)
- ↑ 国産みと神産みのオオゲツヒメは明らかに別であり、須佐之男命に殺されるオオゲツヒメは神産みのオオゲツヒメと見て世代的な矛盾は無い。羽山戸神は須佐之男命の孫とされるため明らかに矛盾する。
- ↑ 関西方言では狐を「ケツ(ネ)」と呼んだ、とのことである。大宜都比売の名前との関連性が示唆されないだろうか「宇迦之御魂神」より)
- ↑ 『日本書紀(一)』補注(巻第一)六六 保食神の死 346-347頁