「天狗(中国)」の版間の差分
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2022年10月28日 (金) 23:21時点における版
天狗(てんぐ)は中国に伝わる伝説の動物である。始めて記録されたのは「山海経西山経」で、原文は以下の通りである。
「又西三百里,曰阴山。浊浴之水出焉,而南流于番泽。其中多文贝,有兽焉,曰天狗,其状如狸而白首,其音如榴榴,可以御凶。」
訳:さらに西へ三百里、陰山といい、濁浴の水ながれて南流し、蕃沢に注ぐ。水中に文ある貝が多い。獣がいる、その状は狸の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴のよう。凶をふせぐによろし[1]。
本文にもあるように、天狗は頭が白い狐狸のような動物で、魔除けの瑞獣であり、おそらく実際に存在した古代の哺乳類であろう[私注 1]。しかし、その後、彗星や流星を表す言葉へと発展し、古代人は天空を走る星を大きな災厄とみなしたため、天狗という名前も凶星を表す言葉になったのである。
「史記・天官」には次のように記載されている。
「天狗狀如大奔星,有聲,其下止地類狗,所墮及炎火,望之如火光,炎炎沖天。」
訳:天狗星は状態が大流星のようで声がし、天上から下って地上に止まるときは、形が狗に似ている。墜ちるところを望むと火花のようで、炎々と天を衝くようである。[2]。
これが現れると『その下の国では千里にわたって軍を破り、将を殺す』とある。
天狗食日
古来、中国では日食は「天狗が太陽を食べる」ことで起こると考えられていた。日食が起きると、人々は太鼓や爆竹を叩いて犬を追い払う。
伝説によると、后羿が民のために9つの太陽を撃ち落としたとき、王母娘娘(西王母)は褒美に霊薬を与えたが、后羿の妻である嫦娥はそれを食べて一人で天に昇ってしまったという。門の外から后羿の猟犬・黒耳が吠えながら家の中に飛び込み、残りの霊薬を舐めてから上空の嫦娥の後を追った。嫦娥は黒耳の吠える声を聞くと、あわてて月に飛び込んだ。そして、髪を逆立て、体を大きくした黒耳は、嫦娥に飛びかかり、月を飲み込んだ。
月が黒い犬に飲み込まれたことを知った玉皇大帝と王母娘娘(西王母)は、天兵に命じて犬を捕らえさせた。黒い犬が捕まった時、王母娘娘(西王母)は后羿の猟犬と認め、南天の門を守る天狗にした。黒耳は役目を得ると、月と嫦娥を吐き出し、それ以来、月に住むようになった。
張仙が天狗を撃った話は、天狗が天の星が子供として生まれ変わるために地上に降りてくるのを邪魔していたので、張仙が天狗を打ち払って、人々が問題なく子供を得られるようにしたことから、張仙と呼ばれるようになったというものである。
天狗食月1
古くは「天狗が月を蝕む(天狗蝕月)」という言い伝えがあり、例えば明代の『洪山中碑文』には「景光年間、天狗が月を蝕み、玄武竜と野戦した」と始まっている。 明の代の「洪順楚の歌」には、「景康の年、犬が月を食った」という前置きがある。李氏朝鮮時代の李忠武公の亀甲船の歌には「天狗は月を蝕み、海は疲弊し、風は万里を断つ。」とある。
韓国では、犬は満月と相性が悪いと言われているため、満月の日には犬に餌を与えない[3]。ビルマの伝説では、月が天狗に飲み込まれたのは、死者を蘇らせ、病人を癒すために主人の臼と杵を盗んだからだと言われている[4][私注 2]。
古代中国では、天狗は月の邪神の名前としても使われていた。古書『謝爾捷方』巻四は、枢機卿の暦を引用して、「天狗は月の邪神である」と述べている。 この日は神仏に祈ること、加護を祈ることは禁じられていた。同書はまた、暦から「天狗は常に月の前二時にいる」と引用している。
民間では他に「蝦蟇が月を食べる(月蝕蝦蟇)」というものもある。
天狗食月2
管理人が、各地の日月食神話に影響を与えたと考える話。
eastasian氏のブログから、引用。
河北省保定の中秋節に関する伝説
毎年八月十五日の深夜、天上には天狗神が現れ、月を呑むと言われている。奇妙なことだが、この天狗神は口はあるがのどがない。大口を開けて月を呑むが月はその腹に収まることはなくのど元から吐き出されるのである。吐き出しては又呑む。それを何度も繰り返して簡単にあきらめることはない。月の神はこれを耐えがたく思って下界の人民に指示をだし、様々な大声を出して天狗を驚かし追い払うようにしたのである。
そんなわけで毎年この夜には民間では爆竹を放ち、鉄鍋を鳴らし、銅盆をたたく。太鼓をたたくものもある。それは天狗を脅かしているのである[5][私注 3]。
民間習俗(『中国民間禁忌』より)
民間では日月色は天狗がこれを食べたからだと言う。皆既日月食は食べられ排泄された、と考えて不吉で不作である。部分日月食は食べきれずに吐き出したと考えて吉、豊年であるとする。人々は日月食があると銅鑼を鳴らし、太鼓を叩いて天狗を脅し日月を救おうとする。[6]。
参考文献
- 西山経、山海経、高馬三良訳、平凡社、1994、p42
- 天官書第五、史記I、小竹文夫他訳、筑摩世界文学大系、筑摩書房、1971、p164-165
- 犬(3) 狗食日月、神話伝説その他、eastasian、00-01-18(最終閲覧日:22-10-23)