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'''椀貸伝説'''(わんかしでんせつ)とは、[[民話]]・[[伝承]]の[[物語の類型|類型]]の一つで、塚や淵、大岩、山陰の洞穴などから[[膳]]や[[椀]]を借りる話を主題とした言い伝えの総称である<ref>柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、p.230</ref>。
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'''椀貸伝説'''(わんかしでんせつ)とは、民話・伝承の類型の一つで、塚や淵、大岩、山陰の洞穴などから膳や椀を借りる話を主題とした言い伝えの総称である<ref>柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、p.230</ref>。
  
 
== 椀貸伝説の例 ==
 
== 椀貸伝説の例 ==
{{Quote|金屋という場所に大きな岩があり、その岩の側で「膳椀を何人分貸してくれ」と叫ぶと、翌朝には希望した数の膳と椀が用意されていた。ある時、不心得者が借りた椀の数をごまかして返したところ、2度と貸してもらえなくなった。|[[鳥取県]] [[八頭郡]]の伝承|『昔話伝説小事典』みずうみ書房 1987年、p.273}}
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<blockquote>金屋という場所に大きな岩があり、その岩の側で「膳椀を何人分貸してくれ」と叫ぶと、翌朝には希望した数の膳と椀が用意されていた。ある時、不心得者が借りた椀の数をごまかして返したところ、2度と貸してもらえなくなった。(鳥取県八頭郡の伝承、『昔話伝説小事典』みずうみ書房 1987年、p.273)</blockquote>
  
 
== 概要 ==
 
== 概要 ==
[[近世]]以前の日本では、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、[[婚礼]]など人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した。
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近世以前の日本では、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、婚礼など人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した。
  
椀貸伝説は[[奥羽]]から[[九州]]まで日本の広い範囲に伝搬しているが、特に[[中部地方]]や[[北関東]]の山沿いなどに多く伝わっている。概ね上記の例と同じ筋書きだが小異は多く、貸してくれる相手は[[童子]]や[[河童]]、[[龍]]、[[神 (神道)|女神]]、[[お地蔵様]]や、上記の事例のように正体不明であったり様々である。
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椀貸伝説は奥羽から九州まで日本の広い範囲に伝搬しているが、特に中部地方や北関東の山沿いなどに多く伝わっている。概ね上記の例と同じ筋書きだが小異は多く、貸してくれる相手は童子や河童、龍、女神、お地蔵様や、上記の事例のように正体不明であったり様々である。
  
貸してくれる場所は[[淵]]や[[滝]]、岩や山陰の[[洞穴]]、[[隠れ里]]に直接取りに行く場合もあり、やはり様々である。比較すると水に因む場所が多く、[[水神少童譚]]や[[水神]]信仰との関連が考えられる伝説も多い。物語には既に膳椀を貸してもらえる関係ができている場合や、椀が川の上流から流れてくるなどして異界や隠れ里を発見する場合もある。[[千葉県]][[印旛郡]][[栄町]]の[[龍角寺岩屋古墳]]や{{Sfn|神野|2009|p=16}}、同県同郡[[酒々井町]]の[[カンカンムロ横穴群]]<ref name=Shisui2>{{Cite web|author=酒々井町風土記|url=https://www.town.shisui.chiba.jp/static/chunk0001/fuudoki/page28/page28.html|title=28.厳島のカンカンムロ|work=酒々井町教育委員会|accessdate=2020-08-22}}</ref>など、[[古墳]]の[[横穴式石室]]や[[横穴墓]]が伝説地となっている事例もある。なお酒々井町(カンカンムロ)の事例では、最初に碗貸しを祈願する相手は[[弁財天]]だが、実際に碗や膳を貸してくる横穴墓の中にいる存在は正体不明である。
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貸してくれる場所は淵や滝、岩や山陰の洞穴、隠れ里に直接取りに行く場合もあり、やはり様々である。比較すると水に因む場所が多く、水神少童譚や水神信仰との関連が考えられる伝説も多い。物語には既に膳椀を貸してもらえる関係ができている場合や、椀が川の上流から流れてくるなどして異界や隠れ里を発見する場合もある。千葉県印旛郡栄町の龍角寺岩屋古墳や<ref>神野, 2009, p16</ref>、同県同郡酒々井町のカンカンムロ横穴群<ref name=Shisui2>酒々井町風土記, https://www.town.shisui.chiba.jp/static/chunk0001/fuudoki/page28/page28.html, 28.厳島のカンカンムロ, 酒々井町教育委員会, 2020-08-22</ref>など、古墳の横穴式石室や横穴墓が伝説地となっている事例もある。なお酒々井町(カンカンムロ)の事例では、最初に碗貸しを祈願する相手は弁財天だが、実際に碗や膳を貸してくる横穴墓の中にいる存在は正体不明である。
  
この伝説には、不心得者が返さなかったとされる椀や、反故にした証文などが残っている家や地域がある。それらの品々の中には[[木地師]]との関係を伺わせるものがあり、木地師との交易の際に聞いた[[口上]]が伝説になったという見方がある<ref>『神話伝説辞典』東京堂出版、1968年、第6刷、pp.471-472</ref>。また、膳椀を村の共有財産としている地域では、借りたものを盗むな、壊すなという戒めを含んだ説話であるという見方もある<ref>柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、pp.238-239</ref>。
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この伝説には、不心得者が返さなかったとされる椀や、反故にした証文などが残っている家や地域がある。それらの品々の中には木地師との関係を伺わせるものがあり、木地師との交易の際に聞いた口上が伝説になったという見方がある<ref>『神話伝説辞典』東京堂出版、1968年、第6刷、pp.471-472</ref>。また、膳椀を村の共有財産としている地域では、借りたものを盗むな、壊すなという戒めを含んだ説話であるという見方もある<ref>柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、pp.238-239</ref>。
  
 
== 「沈黙交易」説を巡って ==
 
== 「沈黙交易」説を巡って ==
椀貸伝説が異族との[[沈黙交易|無言貿易]]を表したものだという説には民俗学者の中で賛否がある<ref>柳田國男監修『民俗学辞典』東京堂出版、1975年、第48刷、pp.689-690</ref>。
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椀貸伝説が異族との無言貿易を表したものだという説には民俗学者の中で賛否がある<ref>柳田國男監修『民俗学辞典』東京堂出版、1975年、第48刷、pp.689-690</ref>。
  
[[1917年]]([[大正]]6年)に[[人類学者]]の[[鳥居龍蔵]]が『[[人類学雑誌]]』において、椀貸伝説を当事者が接触せず言葉を交わさずに[[交易]]を行う「沈黙交易(''Silent trade''の[[訳語]]」であると指摘した。これに対して[[1918年]](大正7年)には[[柳田国男]]が『東京日日新聞』に「隠れ里」を発表し、椀貸伝説は貸借関係に過ぎず、さらに相手は[[神]]であることから信仰現象であるとし、竜宮伝説や[[隠れ里]]伝説など「異郷観念」の表現形態であると論じた。
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1917年(大正6年)に人類学者の鳥居龍蔵が『人類学雑誌』において、椀貸伝説を当事者が接触せず言葉を交わさずに交易を行う「沈黙交易(''Silent trade''の訳語」であると指摘した。これに対して1918年(大正7年)には柳田国男が『東京日日新聞』に「隠れ里」を発表し、椀貸伝説は貸借関係に過ぎず、さらに相手は神であることから信仰現象であるとし、竜宮伝説や隠れ里伝説など「異郷観念」の表現形態であると論じた。
  
戦後には[[1954年]](昭和29年)に[[北見俊夫]]が日本全国の椀貸伝説の事例を集成しつつ、これを「沈黙交易」とすることを否定している。一方で、[[1979年]]には[[栗本慎一郎]]が『経済人類学』において椀貸伝説は「沈黙交易」であり、交易の原始的形態であるとしている。
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戦後には1954年(昭和29年)に北見俊夫が日本全国の椀貸伝説の事例を集成しつつ、これを「沈黙交易」とすることを否定している。一方で、1979年には栗本慎一郎が『経済人類学』において椀貸伝説は「沈黙交易」であり、交易の原始的形態であるとしている。
  
「沈黙交易」を「交易の原初的形態」と見る点に関しては、同年に[[岡正雄]]が『異人その他』において「沈黙交易」は交易の原始的形態ではなく交換の特殊型に過ぎず、客人歓待を前提とした「好意的贈答」の習慣であるとした。
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「沈黙交易」を「交易の原初的形態」と見る点に関しては、同年に岡正雄が『異人その他』において「沈黙交易」は交易の原始的形態ではなく交換の特殊型に過ぎず、客人歓待を前提とした「好意的贈答」の習慣であるとした。
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=== 私見 ===
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本文中にもあるが、'''近世以前の日本では、人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した'''のであって、通常は裕福な親戚がいればそこから借りたであろうし、裕福な「本家」とかそういう立場の家があれば、「分家」とか「子分」と言われた立場の家の催しに対して椀や膳を貸すことは、「'''目上の者の役目の一つ'''」であったとも思われる。よって、椀や膳をたくさん持っている、ということは日本の農村地帯では'''富貴'''の象徴であって、異界に住む特別な存在が、「存在が特別である」というだけでなく、裕福であって、親しく、正しく付き合っている人に対しては豊穣をもたらしてくれるものである、との象徴の物語が「椀貸」ではないか、と思う。西欧の異界の住人が、英雄達に特別な武器や馬を授けてくれるのと同じで、日本の田舎の農村では、「椀や膳を快く貸してくれる」ことが、異界の住人の好意の表れであるだけなのだと思う。
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西欧では、異界の住人から得た武器などは、時に呪われていて、持ち主やその一族に不幸をもたらす。日本の「椀貸」は、人々にとって得になることの伝承のように見えるが、結末は結局「何故、今は椀を貸して貰えないのか」という理由付けで終わるものが多い。「'''異界の住人から、通常ではない状態で受けた恩恵は、時に呪いや祟りの原因となる'''」という思想は西欧と日本で共通しており、興味深いと感じる。
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== 椀貸伝説を含む伝承 ==
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=212 荻野池の機織り姫]:池の主の女神が椀貸をしていた、という話(長野県)
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=273 宝が池のカッパ]:河童が椀貸した、という話(長野県)
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=99 ほらあなの主]:主の正体は不明:借りた物を返さずに祟られた話(長野県)
  
 
== 世界の椀貸伝説 ==
 
== 世界の椀貸伝説 ==
[[フランス]]には塚に頼んで[[]]を借りる話がある。
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フランスには塚に頼んで鍋を借りる話がある。
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外国では、器的なものを「借りる」のではなく、異界で飲み物を振る舞われた際に器を「盗んでくる」、という話もある。
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=== 器を盗む話 ===
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=179 オーゲルブの教会に奉納された杯]:杯:[[トロール]](デンマーク)
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=291 スヴェンド・フェリングと女エルフ]:杯:[[妖精]](デンマーク):杯を返すのと引き換えに怪力を得る物語。
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* [http://bellis.sakura.ne.jp/k/tegalog.cgi?postid=213 フェアリーの宴会]:杯:[[妖精]](イングランド)
  
 
==関連項目==
 
==関連項目==
*[[カンカンムロ横穴群]]
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* [[多留姫の滝]]
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* [[水神]]
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* [[アダパ]](参照)
  
 
==参考図書==
 
==参考図書==
*{{Cite book|和書|last=神野|first=|chapter=印波国造の奥津城|title=龍女建立-龍角寺古墳群と龍角寺-|publisher=[[千葉県立房総のむら]]|year=2009|date=2009|ncid=BB00830428|ref=harv}}
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* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%80%E8%B2%B8%E4%BC%9D%E8%AA%AC 椀貸伝説](最終閲覧日:22-04-02)
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** 神野, , 印波国造の奥津城, 龍女建立-龍角寺古墳群と龍角寺-, 千葉県立房総のむら, 2009, ncid:BB00830428
  
 
== 参照 ==
 
== 参照 ==

2022年7月18日 (月) 19:57時点における最新版

椀貸伝説(わんかしでんせつ)とは、民話・伝承の類型の一つで、塚や淵、大岩、山陰の洞穴などから膳や椀を借りる話を主題とした言い伝えの総称である[1]

椀貸伝説の例[編集]

金屋という場所に大きな岩があり、その岩の側で「膳椀を何人分貸してくれ」と叫ぶと、翌朝には希望した数の膳と椀が用意されていた。ある時、不心得者が借りた椀の数をごまかして返したところ、2度と貸してもらえなくなった。(鳥取県八頭郡の伝承、『昔話伝説小事典』みずうみ書房 1987年、p.273)

概要[編集]

近世以前の日本では、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、婚礼など人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生した。

椀貸伝説は奥羽から九州まで日本の広い範囲に伝搬しているが、特に中部地方や北関東の山沿いなどに多く伝わっている。概ね上記の例と同じ筋書きだが小異は多く、貸してくれる相手は童子や河童、龍、女神、お地蔵様や、上記の事例のように正体不明であったり様々である。

貸してくれる場所は淵や滝、岩や山陰の洞穴、隠れ里に直接取りに行く場合もあり、やはり様々である。比較すると水に因む場所が多く、水神少童譚や水神信仰との関連が考えられる伝説も多い。物語には既に膳椀を貸してもらえる関係ができている場合や、椀が川の上流から流れてくるなどして異界や隠れ里を発見する場合もある。千葉県印旛郡栄町の龍角寺岩屋古墳や[2]、同県同郡酒々井町のカンカンムロ横穴群[3]など、古墳の横穴式石室や横穴墓が伝説地となっている事例もある。なお酒々井町(カンカンムロ)の事例では、最初に碗貸しを祈願する相手は弁財天だが、実際に碗や膳を貸してくる横穴墓の中にいる存在は正体不明である。

この伝説には、不心得者が返さなかったとされる椀や、反故にした証文などが残っている家や地域がある。それらの品々の中には木地師との関係を伺わせるものがあり、木地師との交易の際に聞いた口上が伝説になったという見方がある[4]。また、膳椀を村の共有財産としている地域では、借りたものを盗むな、壊すなという戒めを含んだ説話であるという見方もある[5]

「沈黙交易」説を巡って[編集]

椀貸伝説が異族との無言貿易を表したものだという説には民俗学者の中で賛否がある[6]

1917年(大正6年)に人類学者の鳥居龍蔵が『人類学雑誌』において、椀貸伝説を当事者が接触せず言葉を交わさずに交易を行う「沈黙交易(Silent tradeの訳語」であると指摘した。これに対して1918年(大正7年)には柳田国男が『東京日日新聞』に「隠れ里」を発表し、椀貸伝説は貸借関係に過ぎず、さらに相手は神であることから信仰現象であるとし、竜宮伝説や隠れ里伝説など「異郷観念」の表現形態であると論じた。

戦後には1954年(昭和29年)に北見俊夫が日本全国の椀貸伝説の事例を集成しつつ、これを「沈黙交易」とすることを否定している。一方で、1979年には栗本慎一郎が『経済人類学』において椀貸伝説は「沈黙交易」であり、交易の原始的形態であるとしている。

「沈黙交易」を「交易の原初的形態」と見る点に関しては、同年に岡正雄が『異人その他』において「沈黙交易」は交易の原始的形態ではなく交換の特殊型に過ぎず、客人歓待を前提とした「好意的贈答」の習慣であるとした。

私見[編集]

本文中にもあるが、近世以前の日本では、人数が集まる催しの際に余所から膳や椀を借りるという状況はしばしば発生したのであって、通常は裕福な親戚がいればそこから借りたであろうし、裕福な「本家」とかそういう立場の家があれば、「分家」とか「子分」と言われた立場の家の催しに対して椀や膳を貸すことは、「目上の者の役目の一つ」であったとも思われる。よって、椀や膳をたくさん持っている、ということは日本の農村地帯では富貴の象徴であって、異界に住む特別な存在が、「存在が特別である」というだけでなく、裕福であって、親しく、正しく付き合っている人に対しては豊穣をもたらしてくれるものである、との象徴の物語が「椀貸」ではないか、と思う。西欧の異界の住人が、英雄達に特別な武器や馬を授けてくれるのと同じで、日本の田舎の農村では、「椀や膳を快く貸してくれる」ことが、異界の住人の好意の表れであるだけなのだと思う。

西欧では、異界の住人から得た武器などは、時に呪われていて、持ち主やその一族に不幸をもたらす。日本の「椀貸」は、人々にとって得になることの伝承のように見えるが、結末は結局「何故、今は椀を貸して貰えないのか」という理由付けで終わるものが多い。「異界の住人から、通常ではない状態で受けた恩恵は、時に呪いや祟りの原因となる」という思想は西欧と日本で共通しており、興味深いと感じる。

椀貸伝説を含む伝承[編集]

世界の椀貸伝説[編集]

フランスには塚に頼んで鍋を借りる話がある。

外国では、器的なものを「借りる」のではなく、異界で飲み物を振る舞われた際に器を「盗んでくる」、という話もある。

器を盗む話[編集]

関連項目[編集]

参考図書[編集]

  • Wikipedia:椀貸伝説(最終閲覧日:22-04-02)
    • 神野, 清, 印波国造の奥津城, 龍女建立-龍角寺古墳群と龍角寺-, 千葉県立房総のむら, 2009, ncid:BB00830428

参照[編集]

  1. 柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、p.230
  2. 神野, 2009, p16
  3. 酒々井町風土記, https://www.town.shisui.chiba.jp/static/chunk0001/fuudoki/page28/page28.html, 28.厳島のカンカンムロ, 酒々井町教育委員会, 2020-08-22
  4. 『神話伝説辞典』東京堂出版、1968年、第6刷、pp.471-472
  5. 柳田國男『定本 柳田國男集 第五巻』筑摩書房、1977年、第14刷、pp.238-239
  6. 柳田國男監修『民俗学辞典』東京堂出版、1975年、第48刷、pp.689-690