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ドラゴンボートレースの前には、様々な祭祀や記念の儀式が行われる。一般的に、線香やろうそくを灯し、紙銭を焼き、鶏、米、肉、供え物の果物、ちまきなどを供えた。現在では、これらの儀式はほとんど見られないが、かつて人々が龍神廟を祀る際の雰囲気は厳粛で、'''農業の豊作'''、'''風雨の順調'''、'''邪気払い'''、災厄の除去、万事順調などを祈願し、また船漕ぎの安全も祈った。人々の言葉で言えば、「縁起を担ぐ」ことであり、人々の心の中の良き願いを表している<ref>赛龙舟的由来 . 华夏经纬网 . 2009-05-27 . [2013-08-19]</ref>。
=== ミャオ族起原・龍を食す ミャオ族起原1・龍を食す ===
<blockquote>昔、クーポゥ(固保、保公)という老人がいて、その子をチュウポウ(Jux Pod、久保)といった。ある日、チュウポウは川で魚を釣っていて、川に引き込まれてしまった。保公がこのことを悲しみ、刀(砍牛刀)を取って龍潭に行き、深い淵に入ると大きな洞窟があり、大きな龍が息子を殺して枕にして横たわっているのを発見した。保公は復讐心を抱き、龍の眼が覚めないようにして、近くの柴草を集めて火打石を使い煙草盆で火をつけた(一説では豚の膀胱の中でつけた)。火はたちまち燃え広がって、大火となり三日三夜続いた。その煙は周囲に広がり、叫び声が山岳を震わして、天は暗闇に包まれた。この頃、清水江畔にノンシェン(Niongx Xenb、儂星)という娘がいて、彼女が朝早く水を汲みに川岸に降りてみると、巨大な怪物が流れ着いているのを発見した。急いで家に帰って母親と村人たちに告げて、ゲリュウ(Gheut Liued.、業公)に占わせると、焼け死んだ龍であるとわかった。この日は、五月五日であり、四ヶ所の村人で龍の肉を分けることとなった。各村は毎年この日を記念して龍船を漕ぐこととなった<ref>p186</ref>。</blockquote>
煙で曇った空を晴らすのに女性が「トントンカ」と呪文を唱えた、などのエピソードを伴うバージョンがある。
==== 私的解説 ====「龍が殺される原因」はとりあえずおいておいて、この伝承での「龍」には少なくとも2重性があるといえる。それは「雄」と「雌」の両方が含まれるのではないか、ということである。もっといえば、神話的に「亡くなった」とされる人物、「非太昊型神」「太昊型神」「燃やされた女神」をみんな纏めて「龍神」にして殺してしまったのだが、殺したクーポゥとは、中国神話の[[河伯]]、台湾ルカイ族伝承の洪水を起こす能力と鎮める能力の双方を持つ「[[盤瓠|スアブ]]」に名・性質共に類する神と考える。いわば広く'''[[太昊型神]]'''なのだが、一見するとそれぞれの性質はかなり異なる。
== 参考文献 ==

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