「豊稲田姫」の版間の差分
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2026年2月27日 (金) 00:04時点における版
豊稲田姫(とよいなだひめ)は稲含神社(群馬県甘楽町秋畑)に伝承が残る女神である。
概要
- 祭神の豊稲田姫(その他の神々)はインドから来た神(来訪神)で、口に種を含んで稲を日本に伝来させた。
- その秘密を守るため、かつて氏子は稲作をおこなわなかった(禁忌:作物の俗信)。
- 榛名神とはインドから来た姉妹であったが仲違いをしたため、氏子は榛名神には頭を下げず、破ると祟りがあった[1]。
稲含神社の起源
稲含神社の祭神は豊稲田姫とされている。『稲含大明神御縁起』によれば、第28代安閑天皇の御代(530年頃)に創建されたといわれる。那須の中野保家には、この縁起書の 写本が保存されており、永正2年(1505)3月と記されている。その文面には、豊稲田姫は 印度の国から日本へ渡って、養蚕、稲作を日本に広めたとあり、また姫は稲含へ行って蚕を飼ったという伝説がある。
参道の途中に、手水場・籠岩・桑の木沢と いう所がある。山から出て来た姫は、天熊の大人という人物を従えて、神池の手水場で御手を洗い、大人の命により桑の木沢より桑を取らせて、岩の上で蚕を飼われた。それからこの岩を籠岩と言うようになったという。
豊稲田姫は、印度から稲の種子を持って来られるのに苦労され、どこに隠しても見つかってしまうので、口に含んで持って来られた と言われている。以来、養蚕を五穀の守神として、今も多くの人が参詣している(秋畑稲含神社境内案内)。
参考文献
- 稲含神社(群馬県甘楽町秋畑)、全国現存伝承地ファイル(最終閲覧日:26-02-26)
- 稲含神社、玄松子(最終閲覧日:26-02-26)
脚注
- ↑ 『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.123