大渓文化の石斧の神は本当に蚩尤で良いのだろうか。個人的には、この神の名は'''まだ'''「蚩尤」でも良いのではないかと考える。ただし、牛神だったかもしれない、と思う。チャンヤンが兄弟の牛を犠牲獣にした、とされた通り、彼は「犠牲にされた牛」なのではないだろうか。ただし、「犠牲獣」ということで「tun」と呼ばれたかもしれないと思う。これは現在の中国では「豚」のことだけれども、古い時代には「豚」は朝鮮語やベトナム語にある通り「tut」であって、熊トーテムの時代になって「'''n'''」の音が強調されるようになったのではないかと考える。そして、豚でも牛でも犠牲獣の種類が増えてくると、しまいには月は「若(new)」としか呼ばれなくなるように思う。「若い犠牲獣」という意味で、ンラン・リー (Nrang Hli、月の少年)である。
一方印欧語族は雄牛のことをtaurosと呼ぶので、「tau」というのは中国語の「豚」から派生していると考えるのだが、語尾が「t」なのか「n」なのか判然としない。チャンヤンと牛は「兄弟」とされるので、次第に「妹が兄を殺す」のではなく「兄が弟を殺す」という神話が発生してきたと思われる。そして、兄と弟の名前は似通っていたのではないだろうか、だから「弟(若)」を「若」としか呼ばなくなったのだろう。たとえば、ローマ神話のロームルスとレムスのように。牛神の「tun」が兄弟の牛神の「tun」を殺すようになっていったと思われる。殺されてバラバラにされ、首だけの下位の神として使役されるようになったのが石斧の神なのだろう。
ただ、「蚩尤がバラバラになって殺された」との神話があるので、まずこれは蚩尤であった、と考えるのだ。しかし、時代が下ると、おそらく異なる名に変化していったと考える。本当はチャンヤンが妹に殺されたのだけれども、子孫はチャンヤンを2つに分けて、「殺すチャンヤン」と「殺されるチャンヤン」を作り出してしまったと思われる。そうして、真の「退治者」ともいえる魃女神を、母系の思想と共に消してしまったのである。
== 概要 ==