実際にどちらが勝者だったのかといえば、それは魃女神だと考える。すなわち、中国側の神話の方が、古い形式なのだと考えるけれども、現在の中国の神話では、この女神はさほど地位が高い女神ではない。それどころか、「魃」という言葉はイメージの良い言葉ではないし、彼女は黄帝の勝利に貢献したにもかかわらず、その性質ゆえに北方に幽閉されてしまったことになっている。これは、彼女が一時的に勝利を収めたのだとしても、社会的な文化は母系から父系に変わってしまったので、女神の地位やイメージが低下させられたのだと考える。一方、父系の思想からいえば蚩尤が倒されてしまう神であっては都合が悪いことになる。だから、蚩尤のイメージが良くなるように、そして魃女神のイメージが悪くなるように、互いを入れ替えてしまったのではないだろうか。その入れ替わった神話がインド神話なのだと考える。
{| class="wikitable"
|+ 魃女神とデーヴァ
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! 中国 !! インド !! 苗族神話(比較)!! 中国
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! 入れ替えた女神
| || ダヌ || ダロン(男神)|| 伏羲
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! 倒す神
| 魃・応竜 || インドラ(勝つデーヴァ) || バロン(女神)|| 女媧
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! 倒される神
| 蚩尤(デーヴァ) || ヴリトラ(魃+応竜) || ||
|}
念の為、比較に苗族の祖神の名を挙げておく。死して楓の樹に変化したとされる蚩尤は、苗族の楓香樹信仰と関連すると一般的に考えられているからだ。中国の神話では単純に、「魃・応竜」対「蚩尤」の戦いといえる。インドの神話では、これをただ単に男女を入れ替えただけでなく、「デーヴァ」に相当する神を、2つに分けて、一方を「ダヌ女神」と女神に変えてしまい、「勝利者としての蚩尤(デーヴァ)」として、新たに「インドラ」を加えている。神話というものは、時代が進むにつれて単純なものから複雑なものへと変化し、内容も素朴なものから壮大なものになっていくと考えるので、登場人物が増えているインドの神話の方が後発なのだと考える。