また、「兵主神」としての蚩尤には「軍を組織する」という性質も備わっていると考えるが、[[大渓文化]]の時代にそこまでの権限がある神とみなされていたかどうかは定かでないと考える。[[大渓文化]]が母系の文化であれば、'''軍事権は女神が持ち、武器管理権を「大渓の蚩尤(とその子孫)」'''が有していた可能性が高いと考える。武器の管理には、当然武器に関する祭祀も含まれるので、'''蚩尤の子孫とされる男性が、武器に関する祭祀を行っていた'''と想像される。
しかし、時代が下って、文化が母系から父系に変化し、首長(王)の地位が女性から男性に変更されると、当然軍事権も男性に移行されたことと思う。そうなれば、蚩尤は武器管理と共に、軍事権の象徴ともされ、現在の姿のようないわゆる「'''兵主神'''」とされるようになったのではないだろうか。
== 概要 ==