のいずれか、あるいは両方を兼ねたものと考える。桂男の伝承のように「'''月に大きな木が生えていて、それを切り続けなければならない。'''(さもなければ月の光が人類から失われてしまうかもしれない。)」という思想が古代中国にはあった。
このイノシシ神が「月神」であって、原オアイムが黄帝であるならば、月のイノシシ神と黄帝(原オアイム)は対立する存在である。これは後に「獣身」であったと伝わる[[蚩尤]]対黄帝の原型ともいえるのではないだろうか。原オアイムは黄帝の前身で、天界と地上にまたがる建木(イノシシ神)と戦い、これを野放しに伸びないように管理する神だったと考える。対黄帝の原型ともいえるのではないだろうか。原オアイムは黄帝の前身で、天界と地上にまたがる[[建木]](イノシシ神)と戦い、これを野放しに伸びないように管理する神だったと考える。
しかし、黄帝は炎帝とも対立するので、蚩尤(イノシシ神)は炎帝でもあった、と考える。ただ、炎帝を「良し」と考える人々も多かったので、炎帝と蚩尤はかなり早い段階で2つに分けられてしまい、「天の火雷神」として「正しい神」とされる群と、蚩尤のように「悪神」あるいは「月神(植物神)」として退治したり、管理したりしなければならない神の群に分けられてしまったのではないだろうか。河姆渡文化の段階で、炎帝と蚩尤はすでにほぼ「別の存在」とされていたのだろう。だから、後の中国神話で、蚩尤は黄帝と対立するけれども、「対蚩尤」という点では炎帝は「良き神」であって、黄帝の側につく。炎帝・蚩尤とも黄帝と対立する神で、「火」という性質を持つことから起源が同じことが想像されるのに、なぜ一方の炎帝が黄帝の味方で、もう一方の蚩尤が黄帝の敵にされてしまうのかといえば、炎帝を「良し」と考える人々が悪神・蚩尤を炎帝から切り離して、炎帝を黄帝の味方側にしてしまったからだと考える。その作業は河姆渡文化の時代にすでに完了していたのだ。