全体に母系の思想が強く、[[伏羲]]・[[女媧]]神話の中では古い方の話だと考える。[[伏羲]]・[[女媧]]型神話では、分かる形で生きた人型の「母親」が登場しない。その一方で、大洪水で兄妹がカボチャの船の中に閉じこもって乗るのは、彼らが'''いったん死んで、再生したこと(生まれ変わったこと)'''を示しているのではないか、と思う。その場合、'''カボチャが母'''といえる。彼らの母はすでに亡くなっていて、「'''カボチャ(植物)'''」に化生していると思われる。
本来の話の趣旨は、雷神が暴れたことにより、バロン・[[ダロン]]兄妹は亡くなった、かあるいは死にそうになった、ということなのだと思う。彼らが生命の危機に陥ったときに、植物に化生した母親が助けてくれた、という話なのではないだろうか。「死にそうになった」のなら母親が隠してかくまってくれた、のだし、「亡くなった」のなら花親が新たに自らの体内を通して生み直してくれた、といえる。彼らは母親が「人類の始祖」となるよう選んで残してくれた子供たちといえる。兄妹は亡くなった、かあるいは死にそうになった、ということなのだと思う。彼らが生命の危機に陥ったときに、植物に化生した母親が助けてくれた、という話なのではないだろうか。「死にそうになった」のなら母親が隠してかくまってくれた、のだし、「亡くなった」のなら母親が新たに自らの体内を通して生み直してくれた、といえる。彼らは母親が「人類の始祖」となるよう選んで残してくれた子供たちといえる。
ということで、「雷神が世界を滅ぼす」という危機の中で、子供達は'''選ばれて'''生き残る。彼らには父といえる存在が二人居る。父親とされる'''アペ・コペン'''と、彼らが生き残るヒントをくれた'''雷神'''である。母系社会であれば、どちらが父親でもそれは重要なことではないので、「父」とみなす人物が二人居ても問題はないと感じる。
バロンは水に関して'''死ぬ'''女神といえるので「'''[[吊された女神]]'''」と考える。人類の始祖ともなるので、大洪水から再生した後は'''[[養母としての女神]]'''に転換する。'''[[ダロン]]'''はその夫であり、祝融型神といえる。母なるカボチャは'''[[燃やされた女神]]'''、雷神は[[炎帝型神]]、これと戦うアペ・コペンは'''黄帝型神'''といえる。
== 関連項目 ==