また続く一書第5では、木がないと子が困るだろうと言い、体毛を抜いて木に変え、種類ごとに用途を定め、息子の[[五十猛神|五十猛命]] 、娘の[[オオヤツヒメ・ツマツヒメ|大屋津姫命(おおやつひめ)、枛津姫命(つまつひめ)]] に命じて全国に植えさせたという。
大国主の神話において根の国の須佐之男命の元にやってきた葦原色許男神(あしはらしこを、後の大国主命)は、スサノオの娘である[[大国主の神話#根の国訪問スセリビメ|大国主の神話須世理比売]]において根の国のスサノオの元にやってきた葦原色許男神(あしはらしこを、後の大国主命)は、スサノオの娘である(すせりひめ)と互いに一目惚れするが、スサノオは葦原色許男神に様々な試練を与える。葦原色許男神は須世理比売の助けを得ながらそれらを克服したので、須佐之男命は葦原色許男神に、須世理比売を妻とすることを認め、生大刀、生弓矢、天詔琴を譲り、大国主という名を贈った<ref group="私注">「難題婿」の一種である大国主神話では須佐之男命は[[スセリビメ|須世理比売炎帝型神]](すせりひめ)と互いに一目惚れするが、スサノオは葦原色許男神に様々な試練を与える。葦原色許男神は須世理比売の助けを得ながらそれらを克服したので、スサノオは葦原色許男神に、須世理比売を妻とすることを認め、、大国主命は[[生大刀黄帝型神]]、生弓矢、天詔琴を譲り、大国主という名を贈った。として描かれる。</ref>。
== 解説 ==
スサノオは多彩な性格を有している須佐之男命は多彩な性格を有している<ref name="Y">『[[#八百万の神々|八百万の神々 『八百万の神々 - 日本の神霊たちのプロフィール]]』p日本の神霊たちのプロフィール』p.49,51-54,303</ref>。母の国へ行きたいと言って泣き叫ぶ子供のような一面があるかと思えば、高天原では凶暴な一面を見せる<ref name="Y" />。出雲へ降りると一転して[[ヒーロー|英雄]]的な性格となる。出雲へ降りると一転して英雄的な性格となる<ref name="Y" />。
日本初の和歌を詠んだり{{誰2|date=2021年10月}}<ref name="Y" />、木の用途を定めたりなど[[文化英雄]]的な側面もある。これは多数の伝承をまとめて一つの話にしたためとする説もある、木の用途を定めたりなど文化英雄的な側面もある。これは多数の伝承をまとめて一つの話にしたためとする説もある<ref>『[[#神の事典|神の事典]]』p『神の事典』p.19</ref>。また、前述の『日本書紀』における新羅の曽尸茂梨に降りたという記述から、元々は新羅の神ではないかという指摘もある<ref>『古事記の本』p.60-61</ref><ref>[[薗田稔]]、茂木栄 薗田稔、茂木栄 『日本の神々の事典 神道祭祀と八百万の神々』 学研、p.168-169</ref><ref>須佐之男命の新羅降臨譚は、須佐之男命に疫神としての性質を与えるためのものだ、と管理人は考える。これが後の祇園信仰へと繋がっていく。</ref>。
神名の「スサ」は、荒れすさぶの意として嵐の神、暴風雨の神とする説や([[高天原]]でのスサノオの行いは暴風雨の被害を示すとする)、「進む」と同根で勢いのままに事を行うの意とする説での須佐之男命の行いは暴風雨の被害を示すとする)、「進む」と同根で勢いのままに事を行うの意とする説<ref>『[[#日本文化の古層|日本文化の古層]『日本文化の古層]』p.123</ref>、出雲西部の神戸川中流にある須佐([[飯石郡]]須佐郷)に因むとする説(スサノオは須佐郷の族長を神格化したものとする)がある、出雲西部の神戸川中流にある須佐(飯石郡須佐郷)に因むとする説(須佐之男命は須佐郷の族長を神格化したものとする)がある<ref>『[[#神道の本|神道の本 『神道の本 - 八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界]]』p八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界』p.66-67</ref><ref>管理人は須佐之男命とは「'''杉の木の男'''」という意味だと考える。</ref>。
『[[記紀]]』神話においては[[出雲]]の神の祖神として書かれているスサノオであるが、『[[出雲国風土記]]』では彼はあまり登場せず、[[意宇郡]][[安来郷]]や[[飯石郡]](いいしのこおり)[[須佐郷]]などの地名制定や[[御子神]]たちの説話が書かれており、[[八岐大蛇]]退治の説話は記載されていない。
[[Category:風神]]
[[Category:泣き喚く神]]
[[Category:疫神]]