死後、子の不窋が後を嗣いだ。
== エンキドゥ(メソポタミア神話) ====
'''エンキドゥ'''([[シュメール語]]: {{lang|sux|[[:wikt:𒂗|𒂗]][[:wikt:𒆠|𒆠]][[:wikt:𒆕|𒆕]]}} - EN.KI.DU<sub>3</sub> - '''Enkidu''') は、『[[ギルガメシュ叙事詩]]』の登場人物で、[[ギルガメシュ]]の無二の親友<ref name="ike">池上(2006)p.117</ref>。
エンキドゥの名は知恵の神[[エンキ]](アッカド語名:エア)に由来すると言われている<ref name="yajima">矢島(1998)p.189</ref>。後代においてはその来歴から動物(あるいは家畜)の保護神として崇められたが<ref name="yajima" /><ref name="ike" />、元々はギルガメシュに対抗できる強い者とすべく神々が生み出した、勇猛果敢な戦士であった。
[[シュメール]]の天空神[[アヌ (メソポタミア神話)|アヌ]]は、創造を司る女神[[ニンフルサグ|アルル]]にギルガメシュを諌めるため彼と同等の力を持つ者を作るよう命じる<ref group="*">アルル:人類創造に関わった女神の一柱として、[[アトラ・ハシース]]の洪水伝説に登場する[[ベーレット・イリ]]と同一視されることがある創造神。 池上(2006)pp176,191</ref>。アルルは粘土をこねて山男を作り、知恵の神[[エンキ]](エア)よりエンキドゥという名を与えると、続いて[[軍神]]の[[ニヌルタ]]が強い力を授け、エンキドゥを静寂の中に置いた<ref>月本(1996)</ref>。
荒野に降りたばかりの頃は父も母もなく、女のように長い髪、角、尻尾と毛むくじゃらの体を持ち、獣たちと同じように草を食べたり水を飲んだりして過ごし、獣たちの保護者のようでもあったが、人としての知能はほとんどなかった。一方、エンキドゥに狩りを妨害されたという狩人親子の訴えを聞いたギルガメシュは、[[神聖娼婦]]シャムハトを連れて行くようにと助言する。水飲み場へやってきた狩人とシャムハトが身をひそめながら待機していると、3日目になってエンキドゥは獣たちと共にやってきた。獣たちは人の姿を見るなり逃げて行ったが、エンキドゥだけはシャムハトの誘惑に惹かれ、6晩7日に及んで[[性行為|交わり]]に及び、パンや[[蜂蜜]]、[[麦酒]]などの人間の飲食物を口にした。これによりエンキドゥから毛が抜け落ち、野人性を失っていく。人の言葉を覚えると、それまで仲良くしていた獣たちは去っていき、エンキドゥは孤独になった。彼は力が弱くなる代わりに知恵と思慮を身に付けた<ref group="*">シャムハトのような、娼婦による性交渉は現在の[[売春]]とは在り方が大きく異なり、神聖な儀式として扱われていた。</ref>。人語を理解するようになると、シャムハトから飲食や着衣についてなど、人間とはどういったものなのかを教わる。
[[ウルク (メソポタミア)|ウルク]]にギルガメシュという王がいることを聞いたエンキドゥは、自身と同じような強い仲間が欲しいと思う。ギルガメシュは天の星(アヌの結び目)が落ちる夢と、斧を妻のように抱き愛おしむ夢を見るが、母{{仮リンク|リマト・ニンスン|en|Ninsun}}が友が来る予知夢と解く。出会う前から意識しあっていた二人だが、エンキドゥはギルガメシュが[[初夜権]]を行使していると知ると、怒ってウルクへ行く。シャムハトはエンキドゥを戦士(花婿)のような衣を着せて送り出す。エンキドゥが町に着いたのは大晦日の晩、[[初夜権]]を行使しようとするギルガメシュが婚礼の神殿へ赴くという時だった。王が神殿に入ろうとしたとき、エンキドゥは輝く扉の前で挑むように立ちふさがった。神々の思惑通りにギルガメシュとエンキドゥは激しい戦いを繰り広げたが、対等に渡り合ったことから2人は互いの力を認め抱き合う。初めて膝をついたギルガメシュはエンキドゥを抱き上げ、人々に向けて彼を親友とすることを宣言する。
エンキドゥはギルガメシュと共に[[レバノン杉]]の森に棲む自然神[[フンババ]]を退治した後、ウルクに帰ると女神[[イシュタル]]がギルガメシュの英姿に魅せられて誘惑する。しかし、イシュタルは不実で残忍であり、これまで愛した男たちに残酷な仕打ちをしていたことから、同じ目にあいたくないギルガメシュは求婚を手ひどく拒否する。これに腹を立てたイシュタルが父神アヌに頼み、送り込んできた天の雄牛(聖牛[[グガランナ]])により大地が割れ、ウルクの民を飲みこみ多くの死者を出すが、二人は激闘の末これを倒すことに成功する。怒りにまかせてギルガメシュを呪おうとしたイシュタルに怒ったエンキドゥは、牡牛の死体から腿を引きちぎってイシュタルの顔面に投げつける。二人が力を合わせれば神にも届き得ることを恐れた神々は、二人のうちどちらかが死ななければならないと決め、「ギルガメシュは殺してはならない」とした神罰としてエンキドゥが死の呪いを受ける<ref name="#1">
{{Cite news |url= https://jp.pokke.in/gilgamesh-tsukimoto/ |title=ギルガメシュ叙事詩研究の第一人者に本当のギルガメシュ像について聞いてみた }}</ref>。
エンキドゥは12日間に及ぶ高熱に浮かされ、最期は自分のことを忘れないでほしいと話しつつ、ギルガメシュに看取られながら息を引き取った<ref group="*">「眼(まなこ)を上げず、心臓は動いていなかった」とある。矢島(1998)p.100</ref>。ギルガメシュは亡骸に[[花嫁]]のように[[ベール]]をかけると、気が触れたように悲しみ、蛆虫が彼の体から落ちこぼれるまで側を離れなかった<ref>矢島(1998)</ref>。ギルガメシュは蜂蜜やバターと共に彼を埋葬してやると、荒野をさまよった。
エンキドゥの死後、ギルガメシュは眠りたくても眠れないという[[不眠症]]のような症状に何度も苦しめられる。不死を得られず放浪の旅から帰り、皆に尊敬される王となった後、死ぬ前の夢にエンリルが現れ「人として死の運命からは逃れられないが、たとえ死んでも冥界でエンキドゥと再会するだろう」と伝えられ、ギルガメシュはようやく長い眠りを受け入れる<ref name="岡249">岡田・小林(2008)p.249</ref>。
エンキドゥはギルガメシュと共に冒険へ行き、戦い、床を共にする。外見的特徴としてエンキドゥは女のように長い髪を持ち、ギルガメシュと双子のように似ていたが、エンキドゥの方が小柄であった。エンキドゥは、常にギルガメシュの気持ちを楽にし、死してもなおギルガメシュの愛する存在だった。
当時の文化的背景に基づけば自然だがエロティックな表現が度々見られることから、ギルガメシュと友人を兼ねた恋人関係であったとか<ref>{{cite book |last=Ackerman |first=Susan |title=When Heroes Love (2005)|url=https://books.google.com/books?isbn=0231507259 |publisher=Columbia University Press |isbn=9780231507257 }}</ref><ref>矢島(2007)pp.52-53</ref>、あるいは義兄弟、一人の人間の多面性を現した「二重身(=[[ドッペルゲンガー]])」であるとする研究もある<ref>岡田・小林(2008)pp.235-237</ref>。エンキドゥはシャムハトと職業を同じくする「[[神聖娼婦|神聖男娼]](神事を司る男娼)」としてギルガメシュに仕えた従者であり、[[掛詞]]を好んだシュメル人文化において、エンキドゥがギルガメシュの夢に星や斧の姿をとってやって来るのはその暗喩とされる<ref>David F. Greenberg The Construction of Homosexuality 2008.10.29</ref>。エンキドゥは半神半人のギルガメシュを地上に堕としめ、ギルガメシュを神の子から人間にする堕天使のような役割を持っている<ref>R・S・クルーガー, ギルガメシュの探求 1993.05</ref>。エンキドゥは「戦士(シュメル語で「花婿」とも訳せる。また「死」の掛詞でもある)」のような姿でギルガメシュと出会い、死してからはギルガメシュによって「花嫁」のようにベールをかけられた<ref name="tuki">月本(1996)</ref>。
2014年に公刊された新文書は大きな驚きをもたらした。エンキドゥは個人としてのギルガメシュを死後も支え続け、偉大な王の代わりに神殺しの罪を引き受ける役割を持つ。後述のとおりフンババを殺すことにエンキドゥは反対していたが、結局ギルガメシュに協力することになる。遠征では夢解きができない都市育ちのギルガメシュに対して、エンキドゥは夢解きができることも繰り返し示されてゆく。エンキドゥにはシャムハトのようなシャーマン的な資質があり、近未来の予知と解釈もできると考えられる。野人エンキドゥは彼の故郷である自然を捨てるが、人間にもなりきれない。エンキドゥは穢れを引き受けるべき役割とそれによる死の運命を知っていたのであり、ギルガメシュの夢を「フンババの殺害成功」と解いたこともその役割のためであったということである<ref>渡辺和子「古代の死生学から未来へ:『ギルガメシュ叙事詩』を読みなおし続ける」 死生学年報 (16), 5-28, 2020-03-31</ref>。
エンキドゥは野獣として狩人たちから、ギルガメシュは暴君として民たちから、それぞれ恐れられていた。ところがお互いの力を認め合い親友となったことで、ギルガメシュはそれまでの横暴を改め穏やかさを取り戻し、エンキドゥは泣いたり怒ったりと人間性に磨きが掛かり、2人は国から愛される強き英雄となっていった。このように彼らの関係からは、人が人らしく成長していくためには教養と友人が必要不可欠であることが示され、寓話らしきプロセスが色濃く刻まれている<ref>松本(2000)p.106</ref>。
ギルガメシュは「香柏の森([[レバノン杉]])を切り開き、全ての悪(=フンババ)を国から追い払い、我々の名を永遠に刻もう」と遠征の話を持ち掛ける。これを聞いたエンキドゥの目から涙が溢れ、遠征を強く反対される。エンキドゥは、フンババが神から与えられた「天命」を変える事に強い罪悪感を覚え、フンババ「人々の恐れ」とされているという理由で抵抗する。ギルガメシュは土から生まれた彼にも苦しみを感じる心があることに動揺し、「エンキドゥは後ろに付いて励ましてくれるだけでいい」と彼をなだめる。エンキドゥは長老達からも「森への道はエンキドゥがよく知っている」と迫られ、結局は周囲のプレッシャーに押し切られる形で同行する事になる。出立の前にギルガメシュの母神ニンスンは、エンキドゥを養子に迎え入れギルガメッシュの義弟とした。森のほとりでギルガメシュはエンキドゥの膝に頭を埋め休息するが不吉な夢を見る。
エンキドゥは最初からエンリルの「天命」を害することに強い罪悪感があり、レバノン山地に向かう前から、それによって自分にふりかかる恐るべき結末を予感していたはずである。エンキドゥの心のうちは複雑であり、後で下されるエンリルからの罰を恐れ、しかしなるべくなら神々には知られないように、または時間がたってギルガメシュの武勇伝が成立した後に神々が知るようにと願っている。当初は強い抵抗感のあったエンキドゥだが、虚勢をはりながらも悪夢を恐れるギルガメシュを慰めるうちに、彼のために自らの手を汚す覚悟を決めていったようである。エンキドゥにとって苦渋の選択だったが、結局は人としての理をとる。
豊かなレバノン山地につくと、エンキドゥを見たフンババは激怒し「来い、エンキドゥよ、お前はなぜギルガメシュを私の前に連れてきた?」とエンキドゥを激しく責める。フンババは幼少期のエンキドゥと面識があり、殺そうとしたが親もなく小さなエンキドゥを哀れに思って見逃した過去を語り、彼を味方につけようとする。ギルガメシュは「怒り狂え!そして(動物の)血を体に塗り付け、あなたの意識を変化させよ」とエンキドゥに迷いを捨てるよう指示する。またエンキドゥには[[シャーマン]]のような資質があり、巫女のように体に血を塗り付けることで[[トランス (意識)|トランス]]状態(変性意識状態)になれることも示唆されている。ギルガメシュは「あなたの叫びが楽器のごとく響くよう、私の友よ、互いに(手を)しっかりつかめ!私たちは(二人で)一人のようになって立ち向かう」と言って手をつなぎ、エンキドゥの戦意を奮い立たせようとしている<ref>渡辺和子「『ギルガメシュ叙事詩』の新文書―フンババの森と人間」 2016年3月(『死生学年報2016』リトン) </ref>。
太陽神[[シャマシュ]]の加護を受けたギルガメシュと協力しながら、フンババの七つの力を使えなくさせ、最期はエンキドゥが首をかき切り、二人はフンババをこの世から滅することに成功する。フンババは殺される間際に、「エンキドゥがギルガメシュよりも長生きできないように」とエンリル神に祈りを捧げた<ref>月本(1996)pp.63-64</ref>。伐採された木はウルクに富をもたらしたが、エンキドゥは後で自らの行った行為を後悔し、苦しみをギルガメシュに打ち明ける<ref>{{Cite news |url= https://www.livescience.com/52372-new-tablet-gilgamesh-epic.html |title=Lost 'Epic of Gilgamesh' Verse Depicts Cacophonous Abode of Gods (2015)}}</ref>。
数々の怪物を倒し、二人が力を合わせれば神にも届き得ることを恐れた神々は、二人のうちどちらかが死ななければならないと決める。イシュタルの双子の兄でもあるシャマシュは無実のエンキドゥが死ぬことに疑義を唱えるが、エンリルや他の神々は「最も優れた男はギルガメシュ」「ギルガメシュを殺してはならぬ」とし、神の定めた役割を放棄したエンキドゥが死の呪いを受ける事を決める<ref name="#1"/>。
==該当例==