「天若日子と阿遅鉏高日子根」は「天孫の出雲征服」という大きな主題の中の1エピサードで、メインテーマの壮大さから登場人物も多い。登場人物のその後は、天若日子は亡くなり、天穂日命は大国主に仕える、要は「大国主を祀る」立場となってその地位は子孫に世襲されることになるが、阿遅鉏高日子根とその妹の下照比売命(したてるひめのみこと)(あるいは高比売命(たかひめのみこと))の動向は明らかにされていない。下照比売命は阿遅鉏高日子根の「同母の妹」と但し書きはされているが、古代日本の「妹背」の関係は「夫婦」を指すものでもあるので、「天若日子と阿遅鉏高日子根」が「同一の神」であるとすれば、下照比売命は阿遅鉏高日子根の妻とされる可能性もある。阿遅鉏高日子根は高鴨神社の祭神であり、賀茂別雷命と同一視されていて、'''賀茂系の氏族の祖神'''であることは明らかだが、下照比売命は「'''天若日子が婿入りした大国主命の娘'''」とされているから、母系の女神が変化した女神を思わせ、賀茂系よりは出雲系の神と思われる。賀茂系の氏族が出雲地方に進出し、出雲系の氏族との融合や同盟を目指した結果、阿遅鉏高日子根(賀茂系の神)と下照比売命(出雲系の神)が妹背(夫婦でも兄妹でも良いであろうが)の関係とする神話が作られたのではなかろうか。
また、阿遅鉏高日子根と下照比売命が「同母の兄妹である」と但し書きされたのは、「天若日子と下照比売命」が1対の夫婦神である、としたかったから、という「'''父系強調文化'''」が原因であったかもしれないと思う。父系が強調される文化で日本の場合、一人の女性が複数の夫を持つことを公に認められた例はないのではないか。それでは子供の父親が誰なのか分からなくなって、「父系の文化」が成立しなくなるからである。しかし、「母系の文化」では一人の女性に複数の男性が同時期に通うことは珍しいことではない。下照比売命が「母系の女神」が変化したものであれば、本来彼女には「'''定まった夫がいない'''」、あるいは「'''複数の夫がいる'''」のが'''正しい姿'''なので、そうであるとすれば、天若日子も阿遅鉏高日子根も、それぞれが別の神々だったとしても、'''同時期にそれぞれ同じように下照比売命の夫であった'''、としても何ら不思議はない。
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