オーストロネシア語族

提供: Bellis Wiki3
ナビゲーションに移動 検索に移動
オーストロネシア語族の拡散。台湾からフィリピンへ、インドネシアへ、太平洋へと拡散した。

オーストロネシア語族(オーストロネシアごぞく)は、台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々、マダガスカルに広がる語族である。アウストロネシア語族とも。日本語では南島語族とも訳される。

かつてはマレー・ポリネシア語族と呼ばれていたが、台湾原住民諸語との類縁性が証明された。この台湾原住民の諸語が言語学的にもっとも古い形を保っており、考古学的な証拠と併せて、オーストロネシア語族は台湾からフィリピン、インドネシア、マレー半島と南下し、西暦 5 世紀にインド洋を越えてマダガスカル島に達し、さらに東の太平洋の島々に拡散したとされる。ただしパプア・ニューギニアの大部分(パプア諸語)とオーストラリアの原住民の言語(オーストラリア・アボリジニ諸語)は含まない。

概要[編集]

オーストロネシア語族は千前後の言語[1]から構成され、西はマダガスカルから東はイースター島、南はニュージーランドから北は台湾までと非常に広く分布している。近代のインド・ヨーロッパ語族の拡大まで、最大の範囲に広がる語族であった。しかし、その分布範囲の広さにも関わらず言語間の類縁性がきわめて高く、語族として確立している。おそらく6000年ほど前に、オーストロネシア祖語から分岐を開始した。

地域別状況[編集]

台湾[編集]

オーストロネシア語族の祖形を残す台湾原住民(中国語では高山族、日本語では高砂族)諸部族の言語はアタヤル語(タイヤル語)群、ツオウ語群、パイワン語群に大別され、このうちパイワン語群に属するアミ語の話者が10万人前後と最も多く、その他の言語の話者は数千人以下である。現代の台湾では中国語(主に北京語、台湾語)の影響が強く、原住民言語は消滅する傾向がある。しかし近年原住民言語の語学教育が学校で行われている。

インドネシア[編集]

話者数が最も多いのはインドネシアで、国語と定められているインドネシア語はマレー語をもとにして人工的に作られた言語である。各地域にはジャワ語、スンダ語、マドゥラ語、ミナンカバウ語、バリ語、ブギス語、マカッサル語、アチェ語などが分布しているが、インドネシア語はこれらマレー系諸言語の新しい共通語として制定された。マレー語がインドネシアの共通語となった歴史的背景としては 15 世紀から 16 世紀初頭にかけてマレー半島南岸に繁栄したマラッカ王国の影響が挙げられる。マラッカ王国からイスラームが広がり、その言語が商業用語としても広く用いられたからである。 ジャワ語の母語話者数は圧倒的だがジャワ語を国語に選定すると、マジョリティのジャワ人の優位性を助長すること、難解な敬語表現の学習の難しさ、また敬語を重視するのは新国家で謳う自由平等にふさわしくないということなどで採用されなかった。

マレーシア[編集]

マレーシアの国語はバハサ・マレーシア(マレーシア語)で、この国で話されている標準的なマレー語をマレーシア語として2007年に制定したものである。従来の「マレー語」は広義ではインドネシア語を含むことがあるが、国名を入れたことにより区別が明確になった。 マレーシア語とインドネシア語は極めて共通する部分が多いと言われる。しかし植民地時代の宗主国言語の違いによる借用語の違いや、インドネシア語制定以前から話していた母語であるジャワ語、ブタウィ語など地方語の流入により、両国で実際に使われる言葉では非共通の部分も多い。

フィリピン[編集]

フィリピンの共通語はルソン島南部のマレー系言語であるタガログ語だが、フィリピンも各地域にセブアノ語、イロコス語、パンガシナン語どマレー系言語が分布している。なお、タガログ語は、マニラ首都圏などルソン島中南部一帯で話されているものを標準化し、1987年にフィリピン語として英語とともに公用語として憲法に定められた。

インドシナ半島[編集]

マレー系言語はインドシナ半島にも分布する。古くからチャンパ王国を建国したチャム族の言語チャム語である。チャンパ王国はベトナムに滅ぼされたが、民族としてのチャム族はベトナム中部からカンボジアに今も存続している。

マダガスカル[編集]

アフリカ東部のマダガスカルにまでマレー系言語が分布しているのは驚くべきことだが、これは全く海洋民族であるマレー系民族の移住によるものである。距離が遠く離れているにもかかわらず、マダガスカル語(マラガシー語)とマレー語との言語学的な親縁関係は強いとされる。マダガスカルのマレー系民族は人種的にはアフリカ黒人のバンツー民族と混血していて、言語にもその影響が見られる。

その他[編集]

太平洋のオーストロネシア語族(海洋系)はニューギニア北部沿岸地域の言語から派生した。メラネシア系とポリネシア系に大別され、前者から後者が派生した。メラネシア系は中部太平洋のソロモン諸島、ニューヘブリディーズ諸島(バヌアツ)、フィジーなどに分布し、ポリネシア系はアメリカ合衆国のハワイ諸島、チリのイースター島、サモア、トンガ、ニュージーランドに分布する。ニュージーランドのポリネシア系原住民マオリ族の言語がオーストロネシア語族の南限となる。

分類[編集]

言語学的な分類は言語学者によって諸説あるが、ここでは有力な分類[2][3]を紹介する。なお、どの分類でもオーストロネシア語族はまず台湾諸語とマレー・ポリネシア語派の2つに分けて考えられる。ただし最新の系統解析では台湾諸語は側系統群である。

拡散史の語彙統計学の研究[編集]

オークランド大学の R. D. Gray らのグループは語彙統計学の方法を用い、オーストロネシア語族の400言語の系統関係を推定しサイエンス誌に発表した[4]。それによると、言語学的に推測されていた<台湾→フィリピン→インドネシア付近→メラネシア→ポリネシア>という分岐経路を支持する結果が得られた。また考古学の成果などに基づいて分岐年代を見積もったところ、

  • オーストロネシア祖語は台湾に存在した。約5200年前に一部が台湾を後にして南方に向かった。台湾に残ったグループは台湾諸語となった
  • フィリピンでの分岐前の段階(4千年ほど前)で数百年間の分岐停滞があった
  • その後フィリピン、インドネシアからマダガスカルや西ポリネシアに至る様々な言語が次々に分岐した
  • 東ポリネシアでの分岐前の段階(2千年ほど前)でまた数百年間の分岐停滞があった

と推定された。2回の停滞期は広い海洋(台湾→フィリピン、西ポリネシア→東ポリネシア)を渡って移住するために技術(アウトリガーカヌー・ダブルカヌーや航海術)および社会の面で変革が必要であったことを示唆する。さらに同誌同号にはこの地域の人々の持つピロリ菌(家族など親密な人の間でのみ伝染するとされる)の遺伝学的比較も発表された[5]。これは上の推定とよく一致し、実際にそのような人間の移住があった傍証と見られる。

話者の遺伝子[編集]

オーストロネシア語族に関連する遺伝子として、Y染色体ハプログループO1aがあげられる。O1a系統は台湾先住民に66.3%[6]-89.6%[7]、ニアス島で100%[7]など、東南アジアの半島、島嶼部、オセアニアにも高頻度であり、オーストロネシア語族との関連が想定される[8]。またハプログループO2a2*系統(xO2a2b-M7, O2a2c1-M134) もオーストロネシア語族と関連しており、スマトラ島のトバ人に55.3%, トンガに41.7%, フィリピンに25.0%観察される[7]

mtDNAハプログループはハプログループB4a1a(台湾からポリネシアまで広域)、ハプログループE(島嶼部東南アジアが中心)が関連している。

日本語との関連[編集]

日本語の文法は朝鮮語との類似性が高いが、母音の強い音韻体系はオーストロネシア語族との類似性が高い。また語を重ねる複数形の表現方法や一部の単語に関してオーストロネシア起源も指摘されている。日本語のこのような特徴はシベリアから南下した言語集団と南方系の言語集団が縄文時代に日本列島で出会い、混交したからであるとする説が唱えられている。

分子人類学的知見からも、一部がオーストロネシア語族と関連するミトコンドリアDNAハプログループB4が日本に9.1%観察され[9]、Y染色体ハプログループO1a系統が3.4%、O2a2*系統(xO2a2b-M7, O2a2c1-M134) が4.2%観察されており[10]、オーストロネシア語族を話す集団が日本にやってきたことが考えられる。

説話の類型などから、南九州の隼人がオーストロネシア語系民族であるとの説もある[11][12]

私的考察[編集]

オーストロネシア語族は中国本土から分岐した時期が分かっているので、民俗学的には6000年前の古代中国の文化を推定するのに役立つ文化の持ち主達であると考える。特に生贄の文化については台湾に首狩りの習慣が存在したし、インドネシアにハイヌウェレ型神話が存在するので、古代中国でそのような文化がどのように存在し、展開して行ったのかを推察可能であると考える。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

参照[編集]

  1. エスノローグ第 14 版では 1236 言語。
  2. Merritt Ruhlen, A Guide to the World Languages, Vol. 1, Stanford University Press
  3. Austronesian Basic Vocabulary Database - based on the study : Greenhill, S.J., Blust. R, & Gray, R.D. (2008). The Austronesian Basic Vocabulary Database: From Bioinformatics to Lexomics. Evolutionary Bioinformatics, 4:271-283
  4. R. D. Gray et al. Language Phylogenies Reveal Expansion Pulses and Pauses in Pacific Settlement. Science 23 January 2009: Vol. 323. no. 5913, pp. 479 - 483[1]
  5. Y. Moodley et al. The Peopling of the Pacific from a Bacterial Perspective. Science 23 January 2009: Vol. 323. no. 5913, pp. 527 - 530[2]
  6. Cristian Capelli et al 2001, A Predominantly Indigenous Paternal Heritage for the Austronesian-Speaking Peoples of Insular Southeast Asia and Oceania
  7. 7.0 7.1 7.2 Karafet, T. M.; Hallmark, B.; Cox, M. P.; Sudoyo, H.; Downey, S.; Lansing, J. S.; Hammer, M. F. (2010). "Major East-West Division Underlies Y Chromosome Stratification across Indonesia". Molecular Biology and Evolution 27 (8): 1833–44. doi:10.1093/molbev/msq063. PMID 20207712.
  8. 崎谷満『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史』(勉誠出版 2009年) 
  9. 『Discover Japan』(2012年8月号)30頁
  10. Nonaka, I.; Minaguchi, K.; Takezaki, N. (2007). "Y-chromosomal Binary Haplogroups in the Japanese Population and their Relationship to 16 Y-STR Polymorphisms". Annals of Human Genetics 71 (4): 480–95.
  11. 次田真幸 『古事記 (上) 全訳注』 講談社学術文庫 38刷2001年(初版 1977年) ISBN 4-06-158207-0 p.192、コノハナサクヤヒメ伝説がバナナ型神話の類型とし、これが大和の『古事記』に導入された。参考・松村武雄『日本神話の研究』第二巻、大林太良『日本神話の起源』。
  12. 角林 文雄「隼人 : オーストロネシア系の古代日本部族」京都産業大学日本文化研究所紀要 3, *15-31, 1998-03