ニンリル

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シュメールの神々の内、ニンリル女神はエンリルの配偶神で、またの名をスドゥ(Sud)とも言う。アッシリアにおいては、ミュリッタ(Mulliltu)と呼ばれている。ニンリルとは「広々とした野原の貴婦人」または「風の貴婦人」という意味である(nin =「女性」、 lil=「風」)。ニンリルの親神には様々な説がある。最も一般的には、ニンリルはハヤ(倉庫の神)とヌンバーセグヌ(あるいはニンシェバーグヌ(大麦の女神)またはニサバ)の娘と呼ばれている。しかし別の伝承では、アヌ(アッカド語でアン)とアントゥの娘だと言われている。また別の伝承ではアヌとナンムの娘であると言われることもある。テオフィルス・G・ピンチスは、ニンリルまたはベリト・イラニには7つの異なる場所で7つの異なる名前(例えばニントゥド、ニンフルサグ、ニンマーなど)があると強調した。[1]

ニンリルは家族と共にディルムンに住んでいた。ニンリルは夫であるエンリルに水の中で無理矢理強姦されて、将来月の神となるナンナ(シン)を孕んだ。罰としてエンリルエレシュキガル女神が支配している黄泉の国へ送られ、ニンリルはそこへ夫を追っていった。エンリルは門番に変身して妻を身籠もらせ、そこでニンリルは死の神であるネルガルを出産した。同様の方法で、人をむさぼり食う冥界の川の男に変身したエンリルによって、ニンリルは冥界の神ニナズを妊娠した。後にエンリルは渡し守に変身し、妻に4柱目の子神である川と運河の神エンビルルを身籠もらせた。[2]このようなエンリルとニンリルの行動は、全てナンナ(シンすなわち「月」)が昇るための身代わりを得るために行われたのであった。[3]また、いくつかの文書では、ニンリルは自らの武器である棍棒(シャルー)でアサグという悪魔を倒したニヌルタという英雄神の母ともされている。 ニンリルは死後、エンリルのように風の神となった。配偶神であるエンリルが北からの冬の嵐の神とされているため、ニンリルはアダパの物語において南風の女神とされているのであろう。「風の貴婦人」としての性質から、ニンリルは聖書の中で「リリス」とされている悪魔の原型である、アッカドの「リリトゥ」とおそらく関連があるのであろうとされている。[4][5]

スドゥがエンリルの妻「ニンリル」の名を得た時

寝室にあるスギの森のように香気がある花模様のベッドの中で、エンリルは妻と愛しあって、非常に喜ばしい時を過ごした。エンリルは自らの地位に相応しい高座に妻を座らせ、人々に敬わせた。その言葉が絶対である主エンリルは、最も愛する女性である貴婦人(アルル)にニントゥの名を与えて、その運命を定めた。ニントゥとは「生み出す貴婦人」、「脚を広げる貴婦人」という意味である。(中略)山をも越えた誇り高き女神よ! スドゥは常にその女としての欲望を満たされることとなり、エンリルは王に、ニンリルは女王となることになった。こうして名前を持たなかった女神は、今や高名を手に入れることとなった。[6][7]

関連項目

参照

  1. テオフィルス・G・ピンチスとは英国のアッシリア研究者の草分けである。メソポタミアの地母神であるニンフルサグは多数の名前を持つ。ニンリルの別名ニントゥはニンフルサグの別名でもある。
  2. 冥界に「川が流れている」という概念は、エジプト、地中海世界からインドに致まで広く各地でみられるものである。
  3. この神話には、
    1)冥界に関わる神の誕生を説明する神話。
    2)月が再生するために、身代わりとなる「犠牲」が必要であるということを説明する神話。
    3)なにがしかの犯罪を犯した者を「犠牲」とする習慣があったことをうかがわせる神話。
    という、少なくとも3つの面が含まれているように感じる(シュメールでは豊穣神として月の神(男神)が重要視されていたのである)。「冥界で神々が交わって新しい神が誕生する」という神話はやや奇異にも感じられるが、エンリルが複数の神に変身して子を成す、という点は「一柱の神がばらばらになって複数の神を誕生させる」という「ハイヌウェレ型神話」の変形であるかもしれないと個人的には思う。また、死者と交わって、超常的な子供を得るという神話がコーカサス地方にみられるため、「死者と(あるいは死者同士が)交わって子を成す」というモチーフは北方の遊牧民由来のものではないかと感じる。
  4. ヘブライ語のリーリース (לילית) とアッカド語のリーリートゥ (līlītu) は先セム語の語根 "LYL"(夜)からきた女性形形容詞であり、字義的には「夜の」つまり「夜の女性的存在」になる、と一般的に言われている。しかし、学者の中にはリル (Lilu)はシュメール語のリル lil(「大気」「風」)に由来するという説を唱える者がいる。アッカド神話にリリトゥという悪魔が登場するのは紀元前9世紀のことであるので、これはニンリル女神と夜の邪悪な精霊が習合したものと考える者もいるのであろう。
    個人的な意見を述べるのであれば、「何ともいえない」と感じる。アッシリアのミュリッタはヘロドトスによると「アプロディーテー」や「ミスラ」といった女神達と同一視され、むしろ陽光を連想させる神であるので、リリスとニンリルの間にはむしろ共通点は少ないのではないかと思うのだが、神話的資料が乏しい例については推測だけでは何も言えないと感じるからである。
  5. 旧約聖書イザヤ書」34章14節に「リリス」は「夜の魔女」として登場する。
  6. バビロニアの典礼:「初期のシュメール語の文書とアッシュールバニパル王の図書館」p.87より(ガイシュナー、1913年。2011年6月2日に再発見された。)
    アッシュールバニパル王の図書館とは、紀元前7世紀にメソポタミア北部のニネヴェのクユンジク(Kuyunjik)の丘に、アッシュールバニパル王が設立した図書館のことである。
  7. 日本には「言霊」という信仰があるが、メソポタミアにもそれに似て、「能力の強い神の言葉」は、その言葉を具体化する魔力のようなものがある、と考えられていたことがかいま見えるように感じる。

原文