ヘルモポリス創世神話
ヘルモポリスは上エジプトと下エジプトの中間地点にあって、双方の「月神信仰」が習合した地といえる。ヘルモポリスの主神トート神は月神であり、かつ「知恵の神」でもある。その姿は鴾で現され、本来は「アケル」と呼ばれた神であったことが示唆される。
鴾の神「アケル」の神話は更に古い時代に作られた「ヘルモポリス創世神話」に繋がっているため、この神話の概要を簡単に紹介したい。
ヘルモポリス創世神話
ヘルモポリス創世神話によると、この世界や神々を創造したのは男女が1対となった4組の神々であると言われている。合計8体の神々で構成されるため、ギリシア語で「8」を意味する「オグドアド」と呼ばれる。
オグドアドは主に古王国時代(紀元前2686年頃~2185年前後)に崇拝されたようである。彼らは男性が蛙、女性が蛇の姿で描かれている。図によると、女神はコブラの頭部を持ち、手にはパピルスを模した「djt」で発音されるであろう杖を持っている。一方、男性神は蛙の頭部を持ち、手には「王権の保護者」としてのウアス杖を持っている。
この神々は世界や神々を創造した後、いったん眠りについているとされているが、世界が終焉する際に、また新しい世界の創造のために目覚めるとされている。この時にオグドアドを目覚めさせるのが月神トート神の役割とされている。こうしてヘルモポリスでは、古い神々の神話が新しい神トートの神話に結びついて、夜明けをもたらす神としての「月神トート-アケル」が主神とされて信仰されていたようである。
8体の神々の名は以下の通りである。
- ヌンとナウネト
- アメンとアマウネト
- ククとカウケト
- フフとハウヘト
彼らの名の特徴は、男性神を「蛙」、女神を「蛇」に固定したことで、本来「蛇」を意味する子音を持つ神であるヌン(Nun)やアメン(Amen)も「蛙」にされてしまっていることだといえる。このように本来意味していた子音を無視して、神々の姿や名を作り替えようとする作業が古王国時代(紀元前2686年頃~2185年前後)にはすでに公然と行われていたことが覗える。暁の神アケルが月神トートに変更されたのもその延長上の作業といえよう。
オグドアドを示すヒエログリフは、先頭に「8」という数字が来て、その次に「葦」のヒエログリフ、「月神」に使用されることが多い「ウズラの雛(w)」のヒエログリフが続く。「葦」のヒエログリフは「ゲブ神」と関連の深いものであり「ゲブ神」と「アケル」が「地平線」というほぼ同じ意味で使用されていることを考えれば、本来は「ch」と読むべきものであったことが覗える。その一方を「m」という「蛇」を意味する子音に強引に変更しているのではないだろうか。そうすると、
- 「蛇」=「m」
であり、オグドアドの女神が蛇で示される以上、この場合の「m」は女神を示すことになる。ということは残る「ch」であるが、これは
- 「蛙」=「ch」
ということになるのではないだろうか。要するに葦のヒエログリフは、葦原に住む蛙と蛇の神を示しているといえる。ここに「月」を意味する「ウズラの雛」というヒエログリフを付加して「8体のクヌム」[1]としているのが「オグドアド」の神々なのである。
参照
- ↑ 正確には「4対のクヌム」とするべきだと感じる