王様の耳は魚の耳:甲骨文字

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漢字の内「人間の頭部を強調しない文字」は、父権社会と遼河文明に関連がありそうだということがわかった。では次に長江上流域で発達した巴蜀文字を見てみたい。長江上流域は、現在でも母系社会を営む少数民族が居住する地域であり、彼らの文字と近縁関係が深い巴蜀文字が「母系社会の文字」であったことは容易に想像できることである。その社会における「男性」を示す文字の特徴が

  • 「男」は「小人」であり「耳」であり「月」である

であったことはすでに述べた。この点を更に考察してみることとする。

月の魚

ナシ族のトンパ文字(図1)を見てみると「月」という文字は空を飛ぶ様子を現す3本の棒線が、月の象形の下部に描かれていることがわかる。一方、三星堆遺跡から出土した甲骨文字(図2)を見ると、何か足様のものが上部に2本突き出ている細長い三角形状のものが空を飛んでいる図を示す文字があることに気が付くのである。突き出ている方向が逆ではあるが「月」という文字も下部に足様のものが2本突きだしている。すると、これは「月」という文字の原型ではないかと思われるのである。では、空を飛ぶ「月」の中に描かれた骨格様の構造は何なのだろうか、ということになる。
甲骨文字の「魚」という文字を見ると、まずその尾鰭が二つに分かれて描かれていることが分かる。また、魚の体内には骨格様の構造が描かれている。要するに頭部が三角形になっていて、体内に骨格様の構造が描かれているという二つの点から、巴蜀文字における「月」とは「魚」のことでもあると分かる。
また、別の「魚」を示す甲骨文字を見ると、人体に尾鰭がついた形のものがあることが分かる。この人体は足の他に「男性の象徴」と思われる横棒を有している。これは「天」や「夫」の原型となった甲骨文字と同じで「男性の生殖能力」の象徴ともいえる。要するに「魚」とは「男性」を意味するものでもあるのである。三星堆遺跡においては「魚」の象形文字は「夫」をも意味していたのである。こうすると、三星堆遺跡の母系社会文化は

  • 「男」は「小人」であり「耳」であり「魚」であり「月」である

というものであったことが分かる。「人間の頭部を強調しない文字」の文化と比較すると、

  • 「月」は「男性」である

という点は一致していて、共通点となっている。一方、

  • 「月」は「魚」であり「耳」である

という点は不一致点である。「漢字」という文字はこのように、複数の文化にまたがる思想が習合して発生したり、個々に発達したりして形成されていったものなのであろう。

巴蜀円印

蜀の文化には、円系の印の中に様々な絵文字的文様(「巴蜀符号」という)が描かれているものがあるため、そのうちのいくつかを紹介したい。

上記の図1は、一種の天体図あるいは世界図と思われる。空に鳥が舞い、その両側に魚が描かれている。その下にはネコ科の動物と思われる像があり、更にその下に「S」という字を横にしたような文様がある。魚の文様は月をも示す。また、鳥は広く「太陽」とみなされるものであるので、そのように考えると太陽が一つあり、月がその両側に並んでいる図といえる。その下に白虎と思われる神獣がおり、その下の「S状」の文様は「寿」をいう意味を現す。
図2~図5までを見ると、いずれも中央にあるものの両側に、ほぼ左右対称に文様が描かれているのが分かる。対象に描かれているものは、図2では「耳」、図3、6では「忠誠」を現す文字、図4では「王」、図5は「補佐」を意味する文字である。「魚」が「月」であると同時に「耳」でもあるのなら、これらはみな同じものなのではないのだろうか、と思うのである。
漢字における「王」とは、君主を意味するが「王」とは最高位の君主ではなく、更にその上に「皇帝」という存在があることをも意味している。「帝」という文字は殷朝から使われている文字であるので、更に古い時代に「王」の上位に存在したのは「皇」ということになる。要するに「王」が「皇」を補佐し、忠誠を示す立場であるということになると「王」は「補佐」するものであり「忠誠」を示すものであり、かつ男性であれば「魚」であり「月」でもあり「耳」でもあるということになる。また巴蜀文字における「魚」は「夫」をも意味している。この場合の「夫」とは誰の夫のことを指すのかということになる。
巴蜀文化は母系社会と繋がりの深い文化であるので、これは神話的な象徴としては「太陽」の夫としての「月」、現実には「皇」に対する「夫」であり「王」である「補佐」であったのではないかと思う。図2、3においては植物が太陽の象徴とされているのであろう。また、図5の「頭」もそうである。要するに巴蜀文化では「太陽」とは「女性」のことだったのである。一妻多夫制の母系文化が根底にあれば「夫」である「王」は二人いても構わないことになる。
また、巴蜀符号には「掌」のような文様もある。次項において、引き続きこれについても考察を行ってみたい。

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