21年8月20日 その2

 今日は買い物に出かけて、石も捨てに行きました。その他、市村神社、水神宮、蚊里田八幡宮を参拝しました。蚊里田八幡宮は手入れも行き届いていて良い感じの神社でした。どことなく鶴ヶ丘八幡宮を思い出させるなあ、と思っていたら、親もそう言っていました。

 外作業は、母親は土の埋め戻し、石片付け等、姉は土の清掃、石片付け、私は土の清掃でした。

 ・・・そして「女性セブン」の漫画・・・。なんだか、最近連載している漫画が3つに増えたのですが。今週号の展開が意味ありげであって。気になるものの一つは四コマ形式? なんだけれども、定年退職後の老後の夫婦が出てきて。奥さんの方も不満ばかりで軽いウツなの? という感じなのですが、旦那の方が自分勝手でなんでも自分で決めてしまって、しかも浮気までしていた、という設定らしくて。なんだか、旦那の前に昔の愛人が現れた、と思ったら、愛人が認知症だった、という展開で。で、認知症なのに、何故か旦那の引っ越し先は把握していたらしい・・・。どうやって調べたの? というか、ヘンな展開である-;。どうも全体がヘンな内容で、絵柄はかわいいのだけれども、男女の仲の問題を、あれこれ無理矢理集めて描いている、みたいなそんな感じの漫画であって。誰が読みたがるのかなあ? とは思うわけですが、意味深ではあると思う。私には共感できる点はあんまりないです。そもそも現実に浮気したとか、された、とかそういうことに関わったことがないので。そういうだらしのないのは嫌だなあ、と思う。でも、自分の旦那に、旦那と真剣に結婚を考えている真面目な愛人がいたとしたら、老後を待たずに、もっと早い段階で修羅場になるのでは? と思うので、そういう点がヘンだと思うわけです。老後にありそうな問題といったら、急に隠し子が現れて、財産分与を要求したとか、私と私の子供の取り分はどうなるの? とかそういう問題だよねえ? もう男女の仲、という関連で配偶者(相手もじいさんだけど、自分だってばあさんなわけだけれども-;)と揉めることなんてある? そっちの欲があるなら、自分が相手をするのはもう面倒くさいので、適当に専門のお店とかで処理してきてくれ、とか思わない? とか思うわけですが(汗)。

 で、もう一つ気になるのは旦那がサイコパスで、自分から離れていきそうな奥さんを殺そうとしてるやつ-;。・・・昔、山田ミネコさんという漫画家さんの漫画を愛読していたわけです。で、特に「ふふふの闇」と「月読の剣」という漫画が印象に残っているわけで、特に最近思い出すわけです。

 「ふふふの闇」は私が高校から大学にかけて描かれていた漫画。内容は、「鬼丸大介君」というごく普通の大学生が「闇」という悪霊の集団と関わることになって、その親玉の「黒闇」と戦う? という話だったはず・・・なのですが、この「闇」と長い間霊力で戦ってきた「長生族」という一族がいるわけです。で、長生族はその名の通り、ものすごく長生きで千年以上生きているわけ。で、大介君というか大ちゃんを助けてくれるわけですが、その長生族の三兄弟の名前が、上から長女の津波姫、次が長男の小角サマ、末っ子が次男の紫期音麿という。彼らのパパの名前は大角サマという-;。パパと小角サマの名前はどう見ても、賀茂の大角とその息子で修験道の開祖の役の行者小角から持ってきてますよねえ? ということは、たぶん大学の頃から知っていた、と思うわけです。だから、この「長生族」というのは暗に葛城・賀茂氏のことを示唆しているし、特に神職に関わっている上の方の人達のことも示唆していますよねえ? と今では思う。というか、津波ちゃん、小角サマ、紫期音麿(しきねまろ)の姉弟って、天照大神、月読、須佐之男命を示唆していますよねえ? と最近気がついたわけで。「津波」という名前はイザナミも暗示している気がするわけです。で、「ふふふの闇」は主人公の大ちゃんが黒闇と戦う話・・・だったはずなのだけれども、最後の方はちょっと趣旨が変わって、黒闇が津波姫を好きになってしまって、ストーカーになってしまう、という展開になるわけです。で、黒闇というのは霊界の化け物であって人間ではなく、しかも人間との戦いの中で精神的にもちょっとおかしくなって凶暴になっていて。津波姫のことは好きなのだけれども、正気ではないので、ちょっと油断すると暴走して津波姫を殺そうとする、みたいな危ない展開になるわけです。で、物語はだいたいその辺りで「尻切れトンボ」みたいになるわけで、津波姫と黒闇のその後の結末がどうなったのかは描かれてなかった気がするわけで。主役の大ちゃんは、ちょっとどっかに行ってしまう・・・みたいな-;。後は「八幡」という名前の鬼が登場したり。非常に意味深な漫画であった、と今になってなおさら思うわけです。

 で、「月読の剣」。こちらは鳩子という女子高生が、ひょんなことから「月読の剣」という剣を手に入れて、悪霊を退治することになる、という話。月読は良い神サマで鳩子を助けてくれる、し、鳩子もけっこう月読を頼って好きな感じである。で、スサノオも登場するわけですが、こちらは女たらしで鳩子を愛人の一人にしようとする悪い神サマである。この漫画も割と尻切れトンボで、途中で大きな戦いがあって月読が姿を消したところで、唐突に漫画は終わってる。

 山田ミネコさん(通称ネコさん)は、次男というか小角サマが好きでしたねえ、月読も次男だし。そしてネコさんて、鎌倉の方だし、と思う。きっとネコさんにとっては、小角サマ=月読というイメージなんだろうな、と今になって思うわけですが。だけど、黒闇に追いかけ回されて殺されそうになる津波姫、スサノオに追いかけまわされて命を危険にさらされる鳩子、そして唐突に尻切れトンボで終わってしまう彼らの物語。私が大学時代に読んだこれらの物語は何を暗示してたのだろうか? と女性セブンのサイコパスの旦那の漫画を読んで思ったわけですが。たぶん、彼らの物語は、まだ終わっていないのだと思う。というか、誰に一番共感を覚えるのかといえば、正気ではない黒闇に追いかけ回されて殺されそうになっている危うい津波姫に一番共感する、というしかない-;。「千と千尋」の千とカオナシとの関係にも通じるものだ、という気がします。自分が危ういところにいる、ということは分かっているわけですが。それがあまりにも日常的になりすぎていて、そこにある強い悪意が感じにくくなっているのだと思います。そして、頼朝君には「お墓参りはお盆にぴったり」とかって言われた気がするわけですが-;。

(でもって、ばあさん&じいさんの意味ありげな漫画については、自分とのことでの嫌がらせでしょ、気にしないように、と誰かさんに言われる気がするわけで-;。既婚者相手に自分が正妻だと思い込んでいる認知症のばあさんって、私のこと? とか微妙に思う-;。というか、どうも最近どこぞから「自分の離婚を楽しみに待つように」とか言われる気がするわけで、どうにもモラリストな私としてはあんまり微妙な言われ方だーーー、それはうれしい気分になるようなこと?? と思うわけですが-;。でも、ひいじいさんが何かにつけてすごい目で見てくるので、あんまりなことも言えず-;。・・・誰が正妻だと思い込んでいるばあさんだ、とかそういう問題ではない。結局結婚相手なんて、自分で決めるのではなくて、ご先祖サマが決めるものなんじゃんねえ?? という点に妙な汗が止まらないわけですが-;。)

21年8月20日

 今日は買い物に出かけて、石も捨てに行きました。その他、市村神社、水神宮、蚊里田八幡宮を参拝しました。蚊里田八幡宮は手入れも行き届いていて良い感じの神社でした。どことなく鶴ヶ丘八幡宮を思い出させるなあ、と思っていたら、親もそう言っていました。

 外作業は、母親は土の埋め戻し、石片付け等、姉は土の清掃、石片付け、私は土の清掃でした。

21年8月19日

 今日は家にいて、外作業をしました。ときどき小雨が降ったりして、まだ天気が安定しません。母親は土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉は土の清掃、石片付け、私は土の清掃、土掘りでした。トイレの下は大きめの石が多いように感じます。また、昼に家に入っている間に、どうもゴミ入れが誰かにいじられた形跡があるような気がします。ゴミが元入れておいたカゴから別のカゴに移されたりしていて。それから、夕方、近所の人が真っ黒な服を着て、ほんのしばらく(1分くらい?)我が家の方をぼーっと見ていたので気味悪かったです。親は「ついに近所の人間まで真っ黒な服を着るようになった」と言ってましたが、そんな感じです。今日はちょっと涼しめですが、真夏の炎天下の黒は着ている人がきつい気がします。でも、今日はかなり静かな方でした。昨日あたりは、昼間かなり犬を鳴かせていたので。新たな方針なのかと思ったくらい。最近では、この家が特に敵意がお強いように思います。

 後は、朝から何か気分的にちょっとイライラすることがあって。「何かあるかなー?」と思う。で、土を掘っている時に、なんだか「親の掘りが甘い」という気がして、親が掘った後をガリガリ掘ってみたら、小さめ(5cmくらい)の石とかビニールゴミが出てきて。「こういうのも教えて貰えるんだろうか?」と思ったのでした。でも、雨が降ったばかりだから、ちょっと深めに掘ると地下水がしみ出してくる気がします-;。腐った木くずとかも埋まっているかも? と思う。

 そして現代の「祟り」はWindows10の更新だー、と思ったりするわけで-;。雨が降っている間、ずっと更新作業続きでパソコンが重くて使い勝手が悪く。更新作業が終わったら、文字がうまくプリントできなくなりました-;。

 で、昨日は中居君のお誕生日でした。おめでとうございます<(_ _)>。
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今日はバケツに2杯作業ができましたが、写真を撮ったのはこちらだけでした。1/3程度が石分でした。

21年8月19日

 本日はお出かけする日だったので、出かけてゴミを捨てに行って、買い物して帰ってきました。帰ってきてから外作業をやろうと思って支度しましたが、雨が降ったので断念して日記を書いています。そして、夕方は少しだけ外作業ができました。母親は土の埋め戻しをしました。

 昨日は雨が降ったので信州新町の古い家に荷物を取りに行って。ミシン等を持ってきました。帰りに川中嶋刀売神社に参拝してきました。川中島刀賣神社は氷鉋斗賣神社と関連していて、氷飽が3つの村に別れた際に、上氷鉋に分祀されて「諏訪社」と称した2つの氷鉋斗賣神社関連神社(諏訪大社に倣って2つの社に分けられたらしい)の内の一つが川中島刀賣神社ということらしいです。だから、氷飽には氷鉋斗賣神社に関すると思われる神社がいくつもあります。全部で6個あるのかも? と思う。

 一昨日は再び佐久方面へ出かけて、滋野氏・海野氏関連の神社を中心に巡りました。住吉神社、鼻顔稲荷、出雲大社講外宮、正法寺、駒形神社、滋野神社、滋野神社(八幡宮)、白鳥神社、海野宿資料館、菊屋稲荷。滋野氏は『「滋野氏は、紀(直)氏と同系氏族」とされており、紀伊国造と同系の楢原氏が最初と思われる。続日本紀によれば天平勝宝元年(749年)に東人が伊蘇志臣を賜り、延暦17年(798年)に東人の孫家訳が滋野宿禰を賜り、弘仁年間に朝臣に改めた(Wikipediaより)』とあり、紀氏の一派と思われます。紀氏は武内宿禰の子孫と言われていますが、武内宿禰が伝説上の人物で実在性が怪しいのではないかと思います-;。日本書紀に「仁徳天皇41年3月条では、天皇の命で百済に遣わされ、初めて国郡の境を分けて郷土の産物を記録した。その際、百済王同族の酒君に無礼があったので紀角宿禰が叱責すると、百済王はかしこまり、鉄鎖で酒君を縛り葛城襲津彦に従わせて日本に送ったという(Wikipediaより)」とあり葛城氏と関連があるのかも? と思います。滋野氏は東信では神職としても重要な位置にいると思われます。信濃国の神権に対して強い影響力を持っているのは、信濃国造家とその前身と思われる賀茂氏だと思いますので、むしろ滋野氏は葛城・賀茂氏の一派で、信濃国造家の一派でもあるのではないか、と思われます。だからこそ、信濃国造家が碓氷峠を越えて信濃国に入ってきた際に、入り口である佐久から東信の経営を任されたのではないのか、と想像します。

 で、印象深かったのは海野宿であって。一応、行く前に下調べはしてあったわけです。で、「行くなら資料館に行った方がいいよ。」と、なんとなく言われていて。行ったら、なんだか受付の人に「庭が順路だからー。」と庭を強調された気がして。行ったら「姫宮神社」という戦で亡くなった海野氏を祀る神社(祠)があって。「姫宮神社」は千曲側の流域のところどころにあって、名前からだけでは祭神がはっきりしないことから、御霊系の神社なのかなあ、となんとなく思っていて。はからずも、資料館でそれが確認できたのでした。駒ヶ根の大御食神社には五郎姫神を祀っていて、柳田国男が「女性の御霊は珍しい」みたいに書いていたわけですが、長野県の場合は生きている時は男性でも、「御霊」として祀る時は、女性形にする伝統があったのだろうか、と思いました。あとは、宿の中を散策している時に、ニホンミツバチの分蜂にも出会って珍しかったです。

 で、「稲荷信仰」というのは修験道を関係が深くて、どうやら修行を積んで「天狗」になると狐を騎馬として貰えるようで。某所で「だいぶ修行を積んできたようだから、そろそろうちのお狐サマを騎馬に上げるよ。」と言われる気がするわけで@@。血統の良い最上級のお狐サマの御霊を貰えた気がする。・・・これで空が飛べるようになったらいいな、というか、何かいいことがあるの?? と思うわけで。そうしたら「狐は肉食獣なので。祓うほどでなくても、細かな動物霊が身の回りにたまってきてうっとうしくなってきたら、お狐サマが食べて片付けてくれるよ。」と言われる気がするわけで@@。コネで良いものを頂いたのだ、という気がするわけですが。

21年8月15日

 3日降り続いた雨が、天気予報の通りに今日の10時頃に上がりましたが、地下水の水位が上昇してきてとてもいつもの作業はできませんでした。久しぶりにポンプを持ち出して坑道から排水しました。

 で、空いている時間に信州新町の古い家に荷物を取りに行こうと思いましたが、国道19号線が小松原で通行止めだったので断念して、日用品とか薬とか服を買って、氷飽神社にお参りして帰りました。お盆のせいか、暇な人が多くて、黒い車も多かったし、喪服っぽい黒い服を着て「葬式の帰り?」という出で立ちで買い物をしている人がいたりして、全体に敵意が強かった気がします。特に神社巡りが嫌がられる気がします。しかも、強面でヤの字がつく人っぽい人もいたような・・・。東京に住んでいた時も、アパートの隣の道路に、どう見てもそういう方々が車を停めていたりしてたことがあって。特に危害を加えられる、とか実害がなければ、たまたまそういう人を見かけたというだけでどうこうすることはできませんが、なんだか昔っぽいなー、と思って。まあ、でも、法的にものすごく厳密にいえば「恐喝」とかに当たるのかもしれませんがー;。誰からのか、っていうことを明確にいえないのがなんともはや-;。なにせ広域ストーカーだから-;;。時間があるのだからHPの更新とかもしたかったのですが、3日くらい前から更新、更新の連続でメインのPCが重くてできませんでした。

 で、お盆といえば、敗戦でもあるわけですが。ネットニュースに「特攻隊員に覚醒剤入りのチョコレートとか酒を食べさせて出撃させた」、という記事があって。さもありなん、と思うし、戦後75年も経ってから、ようやく表に出せた「事実」ですか? とも思う。というか、昔から戦争に関して、そういうことをやってた? とも思う。例えば武家の棟梁として名をはせた源氏は勇猛ではあったけれども、残虐な面も多かった。そして、義仲と頼朝・義経も敵対して争いましたけれども、義仲の父親も甥に殺されており、いくら昔のこととはいえ、肉親の情が非常に薄かったり、ちょっと常軌を逸した点があったような気がするわけです。しかも、武家が台頭するのは平安末期以降ですが、特にそれは東国が著しいわけで。彼らは戦う時には必ず先勝祈願とかするし、勝てばお寺を建てる、とかそういうことを誓うことも多かった。そうすると、そういう祈願の儀式には必ず僧侶とか修験者が祈祷するし、東国の各地の山には奈良時代末期から修験道の行者が入り込んで網の目のように移動して歩いていたわけだから、宗教的な儀式や祈祷には当然彼らも活躍していた、と思われるわけで。(それ以外にもスパイみたいなこともしてたでしょ。後に「忍者」として一つの職業として独立するくらいにさあ? とも思うわけですが。)彼らが、戦闘に際して何か気分が高揚するようなものとか、残虐なことを平気でできるようになるようなものとか配ってたりとかした?? とか思ってしまう。それに加えて、武器とか軍馬とかも供給したら「戦え」と言っているようなものである。修験道の開祖といわれる役小角は賀茂氏の出と言われています。で、ネットニュースを見ていると「こういうことを考えだしたのが誰なのか分かるでしょう」と言われる気がするわけですが。「うーむ」と思う。例えば、古代の殷は生贄を大量に捧げたことで有名ですが、彼らも戦争ではかなり残虐であって、特に初期の頃は捕虜を奴隷にする、とかそういう考えもなくて、どんどん残虐に殺していたらしいので。彼らにも先勝を祈願するシャーマンはいたと思うし、戦闘に際していくらでも残虐になれるように、どういう「祭り」を行っていた? と思うよねえ、と思う。要するに、そういうことはシャーマンとか「宗教関係者」が考えだしたのだと思います。古代においてはね。で、そもそも身分制とか王権の発生を見れば、祭祀者であるシャーマンが王に移行したものなので。戦う若者に薬物を盛るようなことを誰が考えだしたのか、といえば、古代の王達、であると思うわけです。ジャンキーな神農とか? って言ったら言い過ぎ? と思うくらいですが。

 で、今日の昼は伊野尾ちゃんと神宮寺君のドラマを見たわけで。「真名とは呪われないために隠すモノ」と古来からの概念を言っていたわけですが。でも、自分の名前を隠すことを何の目的で始めたのかといえば、誰が武器を供給し、誰が軍馬を供給し、誰が薬物を供給し、誰がシャーマン(王)であるのかを隠すためなんじゃないの? シャーマン(王)の立場が脅かされないために、と思う。「呪われないために隠す」というのは方便なのでは? と思うわけです。だって、古代の日本において、武器を扱う人も、供給する人も、軍馬を供給する人も、薬物を供給する人も、全部カモネギなんじゃん? という気が、調べれば調べるほどするわけで。何故、系図をわざわざ書き換えて、同族であることを隠すのか? 呪われたくないからじゃないよね? とそう思うわけです。

 ということで、ともかく「特攻隊に覚醒剤を盛ってた」ということが「明るいところ」に、要は「太陽の下」に出せるようになったらしいです。なんで? 隠していた怨霊を祓ったから? とか思うわけで。「怨霊払い」の私って誰かに脅されてたっけ? 脅してるのは怨霊なのかも、お盆なだけに。喪服を着てる人があちこちにいるし。とそうなってしまうわけです-;。

 だけど、なんというか、「神」というものは未だに私にもよく分からない。特に「生き神」というものはますますよく分からないわけですが。例えば誰かが、特攻隊の若者に薬物を盛ることを考えついたとして、それに賛成して「太陽女神」として誰がその考えを支えたのか、ということを自分の心の内の中だけでも真剣に考えてみるように、と言われる気がするわけで。・・・それはとっくの昔に死んでいて、なんだか満州に関係のある人のことを指すような気がするわけですが。自分と自分の子供だけ良ければそれでいい、って鬼子母神みたいですな。鬼子母神が好きな宗派もあるね、どっかにね、となんとなくそう思うわけです。